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旧東海道徒歩紀行(3)

◎第2回 1996年4月27日(土) 川崎~神奈川~程ヶ谷 その1

 第1回では川崎宿まで歩いてきました。第2回目は川崎宿からスタートです。この日も第1回と同様天気は快晴でした。

 第1回の到達地点を10:15に出発。いかにも旧道らしい道幅の道路を歩き始めました。しばらくは旧東海道を示すものは何もありません。京浜急行の踏切を渡る手前に芭蕉句碑を見つけました。「麦の穂を たよりにつかむ たよりかな」と刻まれていました。ここにあった案内板によると有名な俳人松尾芭蕉は元禄7年(1694)5月に深川の庵をたち、郷里伊賀へ帰る途中に川崎宿に立ち寄り、門弟たちとの惜別の思いをこの句に託したそうです。実際芭蕉はその年に亡くなったとのことです。この碑は文政13年(1830)に建てられてものです。

 京浜急行の八丁畷駅横の踏切を渡り、しばらく旧道を歩き、横浜市の鶴見区に入ると初めて一里塚跡がありました。実際は日本橋から5里目とのことだけど跡として残っているのは初めてでここですかさず記念写真をパチリ。そして鶴見川を渡ります。ここには堂々とした「旧東海道旧鶴見橋」の碑が建っていて、この辺りから次第に鶴見区の中心になり賑やかになってきます。京浜急行の鶴見駅を横切り国道15号線を渡ります。今回はスタートから旧道が続いていてなかなか良い雰囲気です。再び国道を渡って旧道に入り、しばらく歩くとJR鶴見線の駅がありました。その駅名はずばり「国道」駅です。その駅を過ぎると有名な生麦です。この生麦5丁目付近の旧道は魚屋さんばかりです。別名「魚河岸通り」とも呼ばれているそうです。歩いているだけでも楽しい通りでした。そしてまたしばらく歩くと「キリンビール横浜工場」があり、時計を見ると11:30だったので、その工場内にある「キリンビアビレッジ」のレストランで昼食にしました。もちろん(?)生ビールも飲みました。江戸時代から掛け離れた場所での食事になってしまったが、こういった場所も平成の旅なんだから良いでしょう(何というこじつけか~)。  (その2へつづく)

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コメント

旧東海道徒歩紀行(3)ありがとうございます。
今回も昼にビールですね。
まりぱるさんは、飲兵衛なんでしょうか??(笑)
「魚河岸通り」と言えば、おいしいお寿司屋さんを連想してしまいます。そういえば、しばらくお寿司を食べてないような・・・。
次回を楽しみにしていますね。

投稿: ちゃま | 2007年12月 7日 (金) 22時58分

ちゃまさんへ
 同行した先輩のⅠさんとは気心知れた飲み仲間なんですよ。まあ要するに飲兵衛なんですね。
 魚河岸通りは活気がありましたよ。この記事を書いていると鮮明に記憶が蘇ってきます。また楽しみにしていてくださいね。

投稿: まりぱる | 2007年12月 7日 (金) 23時07分

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