旧東海道徒歩紀行(9)
◎第5回 1996年7月13日(土) 大磯~小田原
さて、前回の終了地点の大磯宿の鴨立庵を10:10に出発します。この日も日頃の行いが良いのか悪いのか快晴でした。暫くは国道1号線を歩くのだけどこの辺りは見事な松並木が残っています。そして結婚式場の「滄浪閣」の前を通ります。この式場は伊藤博文の旧居だったそうです。
そこから数分の場所に八坂神社があり祭典が行われていました。夏の日差しは強く、とても暑いけど順調に来ています。まもなく国道から右手にそれるけど10分ほど歩くと再び合流。しばらくはまた国道を歩きます。今回のルートはその大部分が国道1号線上のようです。そして二宮町に入ります。
二宮駅前を過ぎてまもなくまた右手の旧道に入るけどこの部分もほんの僅かで国道との合流点に火の見櫓がありました。今どき火の見櫓も珍しいけど、その下に道祖神がいくつか残っていました。旅行く人の安全を守るものなので我々としてはありがたいものです。この二宮町近辺は道祖神が数多く残っているそうです。そしてすぐに左手の旧道へ。ここも短い区間ではあるが下り坂になっていて「押切坂」と呼ばれていたそうである。この坂には一里塚跡、小さな道祖神もありました。押切坂から再び国道と合流するといよいよ小田原市に入ります。
正午近くになりそろそろ昼食の時間になるけど、例によってその気になるとこれといった食堂が見当たりません。少し高台になって海岸が見えてきます。国府津駅手前に「のんき亭」といういかにも車で来る客のためにあるような食堂を見つけて入ります。この時既に12:30。ここではエビカツ定食を食べ、生ビールを飲みました。勘定の際、店員から「歩いているのですか?」と聞かれました。たまには我々のような歩いている人も来るようです。
13:00ごろ店を出て再び歩き始めます。途中、風通しの良い歩道橋のところで休憩します。そして酒匂川の橋を渡ります。この川は江戸時代には橋はなく、徒歩渡りだったとのことです。いよいよ前方に小田原城が見えてきました。この道中初めての城下町です。宿場の入り口である江戸口見付跡を過ぎると国道から左手に曲がり旧道に入って行きます。ここからが宿場町らしいところで直ぐであるが再び国道に合流する(国道が曲がっている)と「ういろう」の店があります。「ういろう」と言えば名古屋の羊羹みたいな菓子を思い出すけどここでいうそれは薬屋であります。江戸時代から旅人の常備薬を売っていた店とのことです。そして小田原城箱根口に14:45に到着して今回の終了地点としました。鉄道の距離で16.1km、所要時間は4時間35分でした。
せっかくだから小田原城に寄ることにしました。城の敷地内に「二の丸お休み処」があって、かき氷を食べて涼んでから城に向かいました。天守閣の隣には簡単な動物園があります。城の中は鉄筋コンクリート造りになっています。これは昭和35年に復元されたものだそうです。言うまでもなく小田原城は北条氏の居城だったのだけど、秀吉に滅ぼされて江戸時代には大久保氏の居城になったとのことであります。この大久保加賀守は11万石余りであったそうだから比較的大きな藩だったようです。最上階に登って景色を眺めると、次回登る箱根の山が良く見えます。頑張っていかねばとの決意を新たにし城を出て第5回が終了しました。(第6回につづく)
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コメント
小田原城到着、お疲れ様でした。
道祖神が残っている街道っていいですよね。
お城ですが、今は、ほとんどが鉄筋コンクリートになっていると思います。ちょっと哀しいですね。
ではでは。
投稿: ちゃま | 2008年1月 6日 (日) 14時40分
ちゃまさんへ
道端に道祖神があると何か癒されますよね。
お城はどこも鉄筋コンクリート造りが多いのは私も残念に思っています。
さあ次は「箱根八里」だ。
投稿: まりぱる | 2008年1月 6日 (日) 16時42分