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2008年2月

2008年2月29日 (金)

闘争本能

 今日は2月29日、4年に1回しかない日ですね・・・。休職している身にとっては1日得をしたような感じです。今日も良い天気、絶好の散歩日和と言いたいところだけど、花粉が心配だ~。でも行きましたよ、しっかりと。折角の1日、何か考えようと思っていたら、復職する目標まであと1ヶ月なんですね。「なるようになる」と思ってはいるけど、この休職中のできごとで未だに1月に職場へ診断書を持っていって人事担当の課長から言われたことだけが心に引っかかります。詳しくは1月10日の記事http://maripal2007.cocolog-wbs.com/blog/2008/01/post_9890.htmlをご覧下さい。

 このまま放っておけばいいだけのことだけど、復職してあの上司と顔を合わせるのはイヤですねえ。しかも職場の健康管理者という立場の人だからねえ。

 私は絶対このまま終わらないぞ~。泣き寝入りはしない。労働は、日本国憲法が規定する人権だと友人が教えてくれました。この仕返しは絶対にしてやるぞ~。それも正攻法でね。自分に強く生きるんだ~。

 だからと言って、今うつの状態が悪くなっているわけではありませんよ。ちょっとこの貴重な1日の散歩中にそんなことを考えただけ。だって、言いたい放題言われて泣き寝入りはイヤでしょ。まあ、焦らないで過ごしていきますよ。

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旧東海道徒歩紀行(24)

◎第13回 1997年3月23日(日) 掛川~袋井~見付 その1

 前日からの雨が残るけど、天気予報は良くなるとのことで、それを信じて電車に乗り掛川駅で下車すると雨は上がっていました。前回入れなかった掛川城を見物してから歩き始めることにしました。この掛川城も復元天守閣で、平成6年4月から一般公開された比較的新しいものです。しかし、立派なのは復元天守閣にしては珍しく木造建築で、他のように鉄筋コンクリート造りとはわけが違います。

 一通り見学して、城の隣りの御殿も中を見物して、10:40から歩き始めました。アーケードの旧道から北に曲がると十九首といった変わった地名があります。これは天慶3(940)年に平将門以下19人の首を埋めた場所とのことだそうです。国道に出て二瀬川を渡る橋が「大池橋」。安藤広重の「掛川」はこの橋が描かれています。この橋を渡って右側に行く道が秋葉山への道です。東海道は左手の旧道に入り、淡々と歩いて行きます。国道を横切り原川という場所に来ると見事な松並木が残っていました。再び国道と合流して、川を渡り左手の旧道に入っていくと袋井市になります。

 袋井市に入ったところで別に変わったところはなく順調に歩き続けます。国道に出る手前の「サガミ袋井店」で昼食にしました。チェーンのうどん店なので別にこれと言った特記事項はなくて、ただ日曜日ということで混みあっていただけでした。(その2へつづく)

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2008年2月28日 (木)

心療内科診察日(2/28)

 今日は心療内科診察日。午前中の予約でした。待合室には一人の女性の患者さんがいました。この人の後かな~と思っていたら、その人は会計待ちでした。何か様子が変だと思ったら何と大泣きしていました。この病院へ昨年6月末から通っているけど、泣いている人を見たのはこれが初めて。診察の時辛くて泣き出しちゃったんだろうな。やっぱりうつ病(かどうかは分からないけど)って辛い病気なんだなーと改めて思った次第でした。

 と言うわけで、診察中の患者さんが出てきて私の順番に。最初に先週採血した結果を渡されます。総コレステロールと中性脂肪がやや高め、血糖値も基準値の上限ギリギリでした。肝機能は今まで脂肪肝と言われていたけど、だいぶ数値が良くなっているとのことでした。少しは良くなったところもなければね。最近太り気味だったからちょっと心配だったけど、それほどひどい数値でもなかったので一安心。これからも散歩を頑張ろう。

 そして本題。先生はいつものように「さて、どうですか」と聞いてきます。私は「先週と変わったとは思いません。寝つきも眠剤使っているのですぐに眠れるし、多少お風呂の時に軽い動悸がするときがある程度でまずまず元気にやってます。日中散歩もしています。」と答えました。先生は「引き続き同じ薬で様子を見ましょう。」とのことでした。だいぶ薬が安定したと思います。うつ関係の薬はパキシル40mg、ドグマチール50mg、ネルボン5mg(眠剤)です。

 私は「不安がないと嘘になるけど、4月目標で復職を考えています。」と先生に言います。先生は「(復職は)まりぱるさんの判断次第です。もう1回ぐらい延長してもいいけど、自分が納得した上で復職してください。しばらく迷ってもいいと思います。まりぱるさんなら間違った判断はしないと思います。選択肢は一つじゃないのですから。」

 う~ん、また迷わせるようなことを言いますな~。先生としては焦って結論を出すなということなんでしょうね。私は「4月復職プロジェクト」のつもりでいるんだけど。先生もおそらくそれを分かってあえて焦る気持ちを抑えるつもりで言っているんでしょうね。

 そんな感じで今日の診察は終了。クリニックモールのロビーではまだ女性がベンチで泣いていました。クリニックを出て近くにある1000円の床屋さんで散発してもらいすっきりしてから自宅へ帰りました。

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2008年2月27日 (水)

連続記録ストップ

 昨日は午後から雨が降ってきました。いつも午後に散歩しているので、昨日はやむなく中止になりました。メモ帳を見たら14日間連続で散歩を続けていました。びっくりですね。何をやっても3日坊主の私だからね。その割にはブログは続いているけど・・・。それだけ天気も良かったんですね。

 と言うわけで昨日で散歩の連続日数が14日でストップしてしまいました・・・。雨が降りそうだったら午前中に行けば良かったんだけどね。

 さて、昨日の午後は何をしていたかと言うと・・・・、小学校2年の長男が「急所が痛い」と言うので、見てみると赤く腫れあがっています。パンツとかに触れても痛いと言うので私が通っている心療内科が入っているクリニックモール内にある泌尿器科に連れて行きました。その泌尿器科はそれほど混んでいなかったのですぐに呼ばれます。パンツを脱いで、先生が急所の先端をめくると長男が「痛~い」と物凄い大きい声を出しました。待合室を通り抜けて外まで聞こえるくらいの大きな声です。むりやり先生がめくると膿が出てきました。先生に「お父さんと一緒にお風呂に入っているんだったら先端をめくって洗ってください。」と言われてしまいました(スミマセン、女性には分かりにくい話で・・・)。でもまだ小学校2年生でそこをめくってまで洗うのってやりにくいんだな~。塗り薬と化膿止めの飲み薬を処方されました。薬をその患部に塗るのも私の役目になりそうです。妻がそんなことするのって嫌だと思うからね。いくら小学校2年生の急所でもね。私も少しは休職中でも役に立っていますね。

 一旦家に帰った後、夕方からは鉄道旅行が好きなサークルのメンバー1人が近くに来たので一緒に食事でもということになりました。勿論私が病気なのは知っています。彼は15歳年下なんだけどね。でも久しぶりに旅行の話や鉄道の話ができて楽しいひとときを過ごすことができました。だから家に戻ってからはバタンキューでしたけどね。

 今日はしっかり65分間、散歩をしましたよ。

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頑張ったヤツ

 受験シーズン真っ盛りですね。

受験と言えば思い出すことがあります。ある同級生のことです。それは高校受験の時のことです。

その同級生とは中学3年の時同じクラスでした。結構話もしたし、仲は悪くなかったですね。私のころの受験は公立と私立を併願するのが当たり前でした。私が通っていた中学は某大学の附属中学でレベルが高く、殆ど全員と言っていいくらい普通高校へ進学するんです。

 そこで私は市内2番目と言われる公立高校と私立高校を滑り止めに受験しました。両方合格できましたけどね。だけど、その同級生は公立高校単願で市内3番目と言われる高校を受験しました。珍しくね。私立高校は学費が何かとかかり大変です。その同級生は家庭環境が厳しかったんでしょう。3番目の公立高校を受験したと言うのは、安全策を考えてのことだったと思います。

 しかし、同級生はその高校に何と不合格だったんです。単願だったから行く学校はありません。高校受験浪人となるんです。中学の卒業式の時だったかな、涙ながらにみんなに訴えたのを思い出します。「家庭環境が併願を許さなかったんだ」とね。

 それから1年が経ちました。私は高校2年生です。新入生が入学してきます。何とその同級生がいるではありませんか。1年浪人して、高校のレベルを1つ上げての再挑戦が実ったのですね。不合格だった高校に再挑戦するのが普通かなと思うけど、その同級生はすごく頑張ったんですね。拍手喝采です。大きな高校だったのでそれ程会うことはなかったけど、たまに会ったときは「元気かい?」ぐらい声をかけてたと思います。同じ歳なのに学年が違う、何か複雑だったけどね。

 さらに1年が過ぎて、その同級生は高校2年生になりました。私は3年です。何とその同級生は「生徒会長」になってしまったんです。もう「スゴイ」としか言いようがありません。今でもその同級生を尊敬しています。これだけ頑張ったヤツって言うのは私は他には知らないくらいです。そういう人間に限って「頑張った」とは言わないんですね。多分プライドはズタズタにされて相当苦しんだだろうに、ここまで頑張っちゃうとは・・・・。

 人間って遠回りしても行き着くところへ必ず行くんだなと。くよくよ迷っているより前に進むことを考えていれば必ず結果は着いてくるとね。

 受験シーズンということでふとそんなことを思い出してしまいました。

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2008年2月26日 (火)

いたずら二男

 たまにはダウン症の二男のことも書かないとね。

 我が家の二男は今6歳、4月からは養護学校に通うことになります。今二男はとっても元気で結構なことです。この冬風邪も引いていないしね。

 二男の特技と言えば家にあるものを「破壊する」ことです。何しろいたずらが激しいんです。今まで破壊したものは数知れません。ラジカセや計量ばかり、ビデオデッキ、タンスの戸棚、カーテン、網戸などなどです。ビデオデッキなんて、ビデオテープが入らなくなったと思ったらなんと、カードがその中に入っていたりして・・・・。

 おもちゃがいっぱいあるんだからそれで遊んでくれればいいんだけど、大人たちが使うものに興味があるんでしょうね。気に入ったおもちゃでもすぐに壊してしまうからダメなんですね。う~ん、困ったものだ。

 我が家の二男対策。ガスは元栓を閉めるかスイッチにロックをかけます。テレビのリモコンや電話は隠すか手の届かないところに置きます。玄関やお勝手口は鍵をしないと外に飛び出して行ってしまうので、手の届かないところに鍵を取り付けました。二男がいると我が家の人間、気が抜けません。二男一人でおいておくと何をいたずらされているか分かりません。先日なんてゴムボールを電子レンジに入れて温めていました。すぐに気が付いたから良かったけどね。ゴムボールをチンしたらどうなっていたんだろうと思うとゾッとします。

 でもこんないたずら坊主の二男でも大人たちの顔色見て楽しんでいるんですね。何となく。何しろ次から次へいたずらを見つけるので、本当に「いたずらの天才」です。

 しかっても何しても数分後にはケラケラ笑ってまた同じいたずらをしている二男、でも二男がいると家族が明るくなる、不思議な魅力を持った二男です。そうやって少しずつ、少しずつ物事が分かるようになっていくんだね。

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2008年2月25日 (月)

私は今忙しいから

 また思いつきのひとり言を・・・・。

 よく仕事をしていて、上司や同僚に何か仕事の関係で話しかけると、人によっては「私は今忙しいから後にして!」と言われることがあると思います。そういう時ってとても嫌な気がしませんか?確かに上司や同僚は忙しいと思うけど・・・・、その会社にいればみんな忙しいんですね。だからもっと言い方ってあると思うんです。仕事をしていれば忙しい、それって当たり前だと思うんですよね。何かその上司や同僚がその話しかけてきた人を避けているんじゃないかと思っちゃうんですね。自分がそんな感じがするから・・・。

 私は仕事が忙しい時でも極力「今仕事が忙しい」とは言いません。だってどうしてもやらなければならない仕事だし、「今仕事が忙しい」って言ったところでどうにもなることではないからね。見てればわかるでしょって感じかな。残業だってやらなきゃならないときはあるんだし、忙しいのはその人の仕事の進め方にもあるのかなとも思います。

 話は変わって、例えば夜食事に誘ったり、週末に遊びに行こうと言うと、決まって「今忙しいから行けない」って言う人もいます。確かに用事が入っていることもあると思うんですね。だけど、私の場合は誘ってくれた人に悪いからそう言う返事は絶対にしません。しっかり理由を言って断ります。どうしても用事と重なることはあるからね。「今忙しいから・・・」って断る人は本当にそうなんでしょうか。ただその日は気乗りがしないから断っているだけなんじゃないかと思います。それも断る手なんでしょうけどね。私だったら用事が重なった時は調整できるものなら調整して返事をしますね。

 なぜこんな話をしたのかと言うと、そんな私は「世渡りが下手」なんじゃないかと思うからです。「嘘も方便」って言いますよね。その「嘘」をうまく使えないんです。私って。そう言うところで真面目になっちゃって、自分を追い詰めている部分もあるんじゃないかと言う気もしますね。もっと適当にやっていたらこんな「うつ病」なんて病気にはならなかったのではって感じもしています。

 でも「嘘」って平気でつけないんだな。後で気になっちゃってね。自己嫌悪に陥ってしまう・・・・。一体どっちがいいんでしょうか?

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旧東海道徒歩紀行(23)

◎第12回 1997年2月15日(土) 藤枝~島田~金谷~日坂~掛川 その2

 いよいよ小夜の中山に差し掛かります。金谷坂以上にこちらは急勾配です。こういった道はIさんは強いですね。すぐに私は引き離されてしまいます。息も切れます。上り16丁と言うから2km近くの坂です。ようやく上りきったところに久遠寺があり、ここには「夜泣石」があります。実はこの石は2つあり、もう一つは国道1号線の傍らにあります。本物論争があるそうだけど、安藤広重の「日坂」の絵を見ると、この石は小夜の中山を下った道上に描かれていることから私は国道にあるものの方が本物のような気がします。また、この寺の横に「扇屋」という「子育飴」を売る茶店が昔ながらに営業しています。旧東海道では有名な店でお婆さんが頑張っています。

 坂を下って国道を横切り、再び旧道に入ると東海道25番目の宿場町である日坂宿です。この日坂は現在でも鉄道は無く、静かなたたずまいを残しています。最近は街並み保存にも力を入れ始めていて、旧家に屋号の看板を掲げて雰囲気を出しています。スタンプ等も置いてありました。街並みが途切れると再び国道に出ます。ここからは暫く国道を歩くことになります。今までで最も長い距離を歩いていて、しかも金谷坂、小夜の中山と2つの急坂を越えているので疲労はしているけど、惰性で歩いているような感じです。西山口という場所から旧道は国道から左に分かれて、いよいよ26番目の宿場町であるか掛川の中心地へ近づいてきました。

 掛川は城下町で、道が何回か折れています。このような道は敵が一気に侵入してくるのを防ぐために作られているそうです。沼津や府中でも同じような道を見ることができるけど、掛川は短い距離で8回ほど曲がっています。そして寂れたアーケード街になり、掛川駅前でこの日の終点にしました。16:05でした。Iさんが掛川城へ行ってみようと言うので、そこから歩いて5分くらいの場所にある城へ行ってみました。しかし城は既に閉まっていて、入城できませんでした。また次回にでも行ってみようということでこの日は終了しました。ちなみにJR東海道本線の藤枝~掛川間が29.0km、所要時間は6時間15分でした。(第13回に続く)

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2008年2月24日 (日)

新卒で就職した頃

 ある方のブログで就職した頃のことを書いてあるのを拝見しました。そこで自分も高校を卒業して前の職場に就職したときのことを思い出してみました。もうだいぶ昔のことになるけどね。

 私はそもそも親が食堂を経営していたことからサラリーマンの様子なんて全然分かりませんでした。だから余計にも不安だった覚えがあります。どんな雰囲気なんだろうか・・・・。

 新人で配属された課は15人程度の課でした。自分の机は5人で一つの「島」になっていました。私は当然新人だから一番端の席ですね。同じ課には女性が3人いました。まずお茶くみ。そのころは自分は朝昼のお茶くみとか夕方の茶碗洗いは当然女性がやってくれると思っていました。いつも女性職員がやってくれたけどね・・・。でも本来は一番下っ端の私がやらなければいけなかったんです。自分から手を出してやらなければいけなかったんですね。「私がやります」とね。それが言い出せなかった。それは今でも反省しています。

 恐かったのが「電話」。仕事も何も分からない中で、電話には殆ど出ませんでした。でもその島で私一人だけになってしまって、そこで電話が掛かってくると・・・、ドキドキしました。頭が真っ白になってしまいました。でも出ないわけにはいきません。また上司が戻ってきたら電話をかけてもらうことにしましたね。ドキドキしながら。

 他のフロアに仕事を頼まれて行く事もありますね。でも他のフロアのドアがなかなか開けられません。緊張しちゃって。入るとジロって見られるような気がしたし、20歳も30歳も年上の先輩たちばかりですごく恐く感じちゃったんですね。言わなければならないこともドキドキ緊張したし、言った相手に何か言葉を返されるともう頭が真っ白。だから他のフロアに行くのは大嫌いでした。自分の机だけが自分の居場所のようになっていました。

 多分こんな新人使えないと思ったでしょうね。とにかく初めてのところは苦手なんです。慣れるまで時間が掛かるんです。そんな私がよく転職したものだと思います。昨年の4月はそれと全く同じ状況だったんじゃないかと思います。人に分からないことは聞けと言われるけど、その聞くのが苦手。積極性がなく引っ込み思案。その職場に適応するのに時間が掛かるんですね。ましてや転職先の仕事は現場の仕事。自分の机なんてないから居場所もありません。そこで慣れる前にうつ病で休むことになってしまった・・・・・。

 4月に復職するつもりではいるけど、また同じことになるのかな。でも開き直って「なるようになる」精神で飛び込んでいきたいと思っています。人なんて性格はマチマチなんだからね!緊張してもいい、仕事ができなくてもいい。分からないことを聞くことができない人間でもいい。私はそういう人間なんだから。そんな私でも今の職場で使い道はある。そう信じて。

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親父の会に出席しました

 昨日の夜はダウン症の二男が通っている通園施設の父親たちのお父さんが集まっての「親父の会」。と言っても単なる飲み会ですね。

 二男は年長なので、3月でこの通園施設は卒園します。だから最後の親父の会への出席となるのかな。卒園後も呼んでくれればホイホイ参加しちゃうかもしれないけどね。今回は3月でその通園施設の所長さんが定年退職されるのでその送別会も兼ねてですけどね。

 前回は11月に忘年会という形で行われました。その時も参加したけど、私が病気だったせいか、あまり周りのお父さん達と話をしなかったように思います。何か自分でも元気がまだ足りなかったのかなと。今回もどうなるかと思ったけど、自分の「リハビリ」も兼ねて参加してきました。飲むのは好きだけど宴会はあまり得意じゃないのでね。

 でも今回は結構周りの人たちと話すことができたような気がします。前回とほとんどメンバーが変わらないのに、自分自身も少し元気が出てきたという実感がありました。楽しく飲んで楽しくしゃべる。これが一番ですよね。二男もこの通園施設では大変お世話になったし、その感謝の意味でも大変良い会となりました。最後に所長さんを囲んで記念写真をパチリ。これも良い記念となるでしょう。

 その席で出た話で気になることが一つ。いろいろな人に「急性リンパ性白血病の子供の手術をするのにB型RH-の血液型が不足しているので協力して欲しい」旨の文章のメールが送られているそうなんですね。このメール、もともとの出処が分からなくて信憑性がないんですね。だれがこんなメールを流しているんだろう・・・。たまたま我が家にはそのようなメールは来ていないからいいんだけど、いたずらとすれば悪質ですね。我が家の二男は急性骨髄性白血病の治療を受けているので、ちょっとこれは許せないですね。

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2008年2月23日 (土)

シーズン到来

 今年もシーズン到来です。何のシーズンだ?って言うと・・・プロ野球かな、それともJリーグかな?違いま~す。花粉症で~す。

 毎年のように花粉症には悩まされてきました。私が子供のころからですかね。でもその頃には「花粉症」ってまだ言われていなくて病院に行くと「アレルギー性鼻炎」とか「アレルギー性結膜炎」とか言われていました。それからは殆ど病院には行っていなかったけど10年位前から思い切って病院に行くようになり、薬をもらうようになりました。

 花粉症の薬ってシーズンに入る前から服用していると効果が高いとのことです。今年も1月末に心療内科でアレジオン錠を処方してもらい夕食後に服用しています。

 今年は花粉の飛散が遅いのかなと思っていたら、2~3日前の天気予報で我が地方では「やや多い」と発表されるようになりました。いよいよ花粉症のシーズン到来ですね。

 症状は今のところ少し目がかゆい程度かな。この程度で済めば薬が効いていることになるんでしょうね。例年ひどくなるとくしゃみの20連発とか鼻水が止まらないとかあるからねえ。そうなるととても憂うつになります。ただでさえ「うつ病」なのにね。最近は薬を早めに服用しているおかげで花粉症のシーズンに2~3回苦しい日がある程度で済んでいるけど。

 これから益々花粉の飛散が多くなりますね。外出を控えろと言っても散歩はしっかり続けないとね。今年はひどい症状が出ないことを祈っております・・・・。

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2008年2月22日 (金)

餃子作り

 今日の夕食のおかずは、今何かと話題の餃子です。でも冷凍餃子ではありませんよ~。何入っているか分からないものね~。

 と言う事で我が家は手作り餃子なんです。と言うより手作り餃子のほうが安く済むからと言うだけなんですけどね。

 なぜか餃子を作るとなると私は餃子の皮に具を入れて包む係に任命されます。一応親がラーメン屋やっていたから餃子も当然売っていたけど、私は一切手伝ったこともないし料理も教えてもらったことはないのにね。

 具は妻があらかじめ午前中作ってありました。その具はひき肉、キャベツ、ネギ、しょうが、にんにく、にらですね。念のため聞いてみました。「外国産のものはないよね~?」と。幸いにも外国産はありませんでした。まずは安心ですね。それでは餃子の皮はどうかな?皮はスーパーで買ったものを使っています。袋の裏の表示を見ると・・・、加工食品だから原材料の原産地は書いてありませんよね。でも小麦粉が怪しい・・・。国産の小麦なんて使えないだろうからきっとこれは外国産だ~と言う話になりました。中国産の小麦ってあまり聞かないから少しは安心かな。

016  そんなこんなで具を皮に包み始めました。餃子の後ろのヒダヒダをつけるのが難しいんですよね。たくさん具を詰めすぎると皮が破れてしまうし少なすぎると格好が悪くなってしまうし・・・。でも妻は「私より早く包めるし、包むのがうまいから」なんて言っています。料理もやらない人がうまいはずはないんだけどね。(写真のとおりです)

017  そして出来上がったのが大判の皮で20個、小判の皮で26個の計46個が出来上がりました。焼くのは妻がやってくれます。焼き上がりはこんがり焼けていて美味しそうです。

 できあがったところで夕飯になります。「いただきま~す」。家族5人で46個の餃子が完食しました。まだ具だけ余っていると言うことだから明日も餃子の皮を買ってきて私が包む係なのかな?

 でも笑顔の食卓っていいですよね。私がうつ病で休んでいるからこのようなこともできるんですね。私がおかず作りを手伝うのはとろろ汁の時のすり鉢で山芋を擦る時位ですかね。だから妻がいないと私は飢え死にしてしまいます・・・・感謝です。

 と言うわけで今日は安心・安全な餃子を腹いっぱい食べたのでしたhappy01

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旧東海道徒歩紀行(22)

◎第12回 1997年2月15日(土) 藤枝~島田~金谷~日坂~掛川 その1

 今回も快晴の絶好の散歩日和です。前回の終了地点である藤枝市の青木交差点を9:50に出発しました。国道とJR東海道本線の間の旧道を西進していきます。松並木が残る旧道を進んで一里山という場所で国道に出ました。

 交通量が多い国道を出ると島田市。道悦島から島田工高の方へ旧道は少しの間だけ右手に分かれます。再び国道と合流して今度は御仮屋という場所で左手に入っていきます。ここから島田の中心街になります。アーケードの商店街になるけど、人通りは差ほどではありません。閉店してしまっている商店も多いです。交通が便利になるにつれて、買い物客は静岡などに流れてしまっているのであろう。スーパーの大手であるジャスコでトイレタイム。ここで11:30でした。この辺りがJR島田駅に最も近い場所です。再び歩き始めて大井神社の前を通過し、大井川に近くなってくると古い町並みが保存されています。「越すに越されぬ大井川」の象徴である「川会所」があります。渡しの時に使う蓮台などが保存されています。以前小学校の社会見学で訪れたことがあるので、今回はパス。他にも旧家などの見学が何軒かできるようになっています。大井川の土手に突き当たる手前に「朝顔の松」があります。浄瑠璃や芝居でおなじみの朝顔日記によるものだそうだけど、そのお話を知らないので私にとってはただの松でした。一応説明板などで物語のあらすじは分かったけれど・・・。

 さて、我々は大井川を昔ながらに越すことはできないので国道の橋を渡ることになります。これが案外長いのです。橋を渡るだけでも難所だったのが伺えます。橋を越えれば金谷の街です。島田宿も金谷宿も大井川が増水したときなど川留めになればかなり賑わったとのことだそうです。橋や渡し舟を置かなかったのは地域振興のためだったとの説もあるようです。ただこの川があるために旅の日程が狂いやすく、それを避けて中山道を行き来する旅人も多かったのだそうです。

 金谷の街も古い家並みが残っています。古い街並みから比較的新しい街を通り過ぎて坂道を登るとJR金谷駅です。この駅の手前の「富士見屋」という食堂で例によっての遅い昼食とします。私はカツ丼(700円)を食べます。Iさんはおでん定食を食べていました。13:10頃店を出て、これから難所だった金谷坂・小夜の中山へ向かっていきます。JRのガードをくぐると長光寺があって、そこから坂道を登り、県道を渡ると「金谷坂」という石畳の急坂となります。しかしこの石畳は箱根のものとは違い、最近整備し直したものです。石も新しいものです。坂を上りきって下っていくと、舗装道路になります。しかし、良く見ると石畳の上にコンクリートを塗って慣らしたものです。所々に石のボコボコがあります。生活道路として利用しているのでしょうが、何とももったいないものです。下り切ると菊川という集落になります。金谷町(現島田市)の隣りに「菊川町(現菊川市)」はあるけど、こちらは金谷町の菊川です。立場だったところで、そのことを示す看板などがあります。そしていよいよ小夜の中山に差し掛かります。(その2へつづく)

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2008年2月21日 (木)

マメができた

 4月復職プロジェクトを立ち上げてからと言うものの、毎日の散歩に精が出ています。

 今日は1時間の散歩。ここ1週間は1時間前後の散歩の日が続いています。天気もいいしね。毎日同じコースを歩いているんだけど、何か発見がないかと思って歩いています。先日はある家の庭で梅の花が咲いているのを発見したしね。しばらく寒かったのだけど確実に春の足音が聞こえてきているんですね。

 いつも歩くコースに「フラメンコ教室」があって、外からもオバサンたちが踊っているのが見えます。今日はお休みのようだったけどね。フラメンコの衣装着て踊っているんですね。真っ昼間からヒマとおカネのあるオバサンたち、旦那さんはどんな仕事をしているんだろう・・・なんて考えちゃいけませんよね。でも駐車場には高級車ばかり・・・。

 ここ2~3日、足の裏がちょっと痛いと思って、お風呂の時に見てみました。そうしたら足の指にふっくらとおマメさんができていました。ちょっと歩くの頑張りすぎかなあ。でもマメを潰すともっと痛くなるだろうしね。もしかしたら靴が合わないのかな。でもその靴しかないしね。

 そうは言っても私はマメが潰れようと大きくなろうとこの散歩は続けるつもりです。足で歩き回る仕事だから復職までにできるだけ足を鍛えておきたいですね。お腹が出てきたのでこれも引っ込めないといけないし・・・・。

 足は無理しても体調のほうは無理しない程度にしておきますね。

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心療内科診察日(2/21)

 今日はいつものとおり木曜日で心療内科の診察日。

 特に先週と変わったことも無いなあと思って待合室に入ると、待っている患者さんは1人だけ。先週、先々週と混んでいたので、今日は拍子抜けでした。

 週の半ばで1日夕方から頭が痛かった日があったぐらいでそのことを伝えました。朝4時ごろ一旦目が覚めるけど、トイレに行ってまた寝てしまうこと、日中は眠いこともあるけど起きてはいること、散歩を最近は1時間ぐらいしていることを伝えました。

 散歩をしていても太ってきて痩せないことを言うと、先生は「まだ寒いからねえ。お彼岸過ぎて暖かくなると汗をかいて痩せてくるはずです」と言われました。それで薬は前回の処方のままになりました。ここ数週間薬が変わっていないということは薬が自分に合って効いているのかなあとも思います。ちなみに薬はパキシル20mg×2(夕食後)、ドグマチール50mg×1(夕食後)、ネルボン錠5mg×1(眠剤・就寝前)です。その他尿酸を下げる薬であるザイロリック錠、コレステロールを下げる薬であるクレストール錠、アレルギー(花粉症)の薬アレジオン錠が処方されています。

 今日は血液検査でした。生活習慣病のチェックです。初めてこのクリニックに診察したとき採血して、それ以来です。私は生活習慣が悪いのか中性脂肪、コレステロールが高く、尿酸値も高く、肝機能の数字(GOT、GPT、γーGTP)の値も基準値より高いんです。それに加えて血糖値も高めなんですね。いままでどんな生活習慣だったんでしょうね。

 12月の職場の健康診断でも基準値より高めの数字でした。そこで、12月から始めた散歩の成果が試されるのです。最近は毎日1日1時間のコースで歩いています。きっと中性脂肪が下がっているだろう、お酒もそれほど(?)飲んでいないから肝機能の数値も良くなっているだろう・・・・・その結果は来週の診察までのお楽しみ♪皆さんも来週まで楽しみに待っていてくださいね~(痩せていないからダメかな?)。

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2008年2月20日 (水)

結婚記念日

 2月20日と言うと何でもない普通の日ですよね。

 でも私の結婚記念日なのです。それは1999年2月20日、なぜか私でも結婚式を挙げることができたんですね。不思議なことに。

 妻とは6月に知人の紹介で知り合い、それから9ヵ月後に結婚しちゃったんです。

 それから9年が経ちました。1999年の11月には長男が誕生し、2001年には二男が誕生し・・・・、今まで私はのんびり暮らしてきたけど、妻は忙しかったでしょうね。家事・育児に追われてね。もっと2人だけの生活が長ければいろいろなことができただろうけど、子供が生まれるのは自然なことだからねえ。本当に妻には感謝していますよ。

 この9年間を思い出してもいろいろなことがありました。特に今年は私が「うつ病」にかかり、休職してしまったこと、これが一番大きな出来事かもしれませんね。でも家族では明るく、楽しくを心がけてきましたよ。妻もそれなりに接してくれるしね。

 今日は何かご馳走でも作ってくれるのかなあ。でも私は明日は診察日で採血があるんですね。中性脂肪が高くて血糖値が高めで肝機能も少々高いので少し控えめにしていかないと結果が悪くなっちゃう。全くついていないなあ。

 これからも私たち夫婦というより家族全員が無事に過ごしていければそれでいいと思っています。

 おのろけ話でもと言ったところだけど、書くと照れちゃう(シャイで内気なんです)のでこの辺にしておきますね。

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旧東海道徒歩紀行(21)

◎第11回 1997年1月18日(土) 府中~丸子~岡部~藤枝 その2

 丸子の「丁子屋」で昼食を食べて、ここから宇津ノ谷へ向かいます。国道に寄り添うようにして旧道が続きます。近い将来国道が拡張されるので(もう拡張されているけど)この旧道も消えるでしょう。国道の宇津ノ谷トンネルの横からいよいよ上り坂になります。しばらく上ると宇津ノ谷の集落があります。ここから峠に向かうわけだけど、この道は豊臣秀吉が小田原攻めの際、大軍を通すために造った道だそうです。それ以前は「蔦の細道」と呼ばれる千年以上前に開かれた道を使っていたそうです。こちらの道は今でも通行可能で、伊勢物語でも知られている道です。上り道となるとIさんはとてつもなく速いんです(それとも私が遅いのか)。

 峠道を下ると若干の復元石畳があります。そしてトンネルを出てきた国道と合流し、岡部の宿に入っていきます。岡部は鉄道の無い宿場町。旧道が国道に吸収されずに古い街並みが良く残っています。しかしこの道もすぐに終わってしまい、再び国道へ。この国道は交通量が多いものの松並木はきれいでした。

 バイパスの入り口からは平凡な旧道です。かなり疲れてきたので長く感じます。そして今度は22番目の宿場町である藤枝です。藤枝宿は鉄道の駅から離れています。以前はかなり賑わった商店街だったのが、かなり寂れてきているのがよくわかりました。それでも40年ほど前までは軽便鉄道で藤枝駅と繋がっていたのだけど・・・・・。青木の交差点でこの日の終了地点にします。そして藤枝駅に向かいました。今回は距離が長かったこと、そして風が強く向かい風だったこともあって疲労はいつにも増して多かった気がします。天気が良かったことだけが救いでした。(第12回へつづく)

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2008年2月19日 (火)

友人からのお見舞い

 我が家の郵便物は殆ど午前中に配達されます。今日は私あてに2通。1通目はダウン症である二男が先月子供専門病院で「小児がんフォローアップ外来」を受けて、その結果が郵送されてきたのです。白血病の治療で大量の抗がん剤を使っているのでその後遺症などを複数の科で検査して総合的に判断する外来です。検査結果としては再発等はありませんでした。後遺症とかもなし。ただ、内分泌科でダウン症に多く見られるという甲状腺関係の数値に少し異常が見られたとのことで3ヶ月ごとに血液検査をするとのことでした。また子供専門病院でかかる科が増えてしまいました。

 2通目は大きな封筒で来ました。それは友人からでした。趣味のサークルで知り合った同じ歳の友人です。中学生の時からの古い友人です。彼は大学へ進んでからは地元を離れたけど、帰省した時には良く飲んでいました。労働問題とか平和問題に詳しく、彼の話を聞くのもたまには面白いものです。私とはモノの見方が違ってね。

 実は先週その友人に私の近況をメールしてみたんです。転職したことと病気のことは伝えてあったんだけど、はっきり「うつ病」とは言っていなかったし、転職した経緯も伝えていなかったしね。

 そうしたら早速郵便でいろいろ資料を送ってくれました。「労働相談の窓口」とか厚生労働省が出している「職場における心の健康づくり」とかね。これを見て厚生労働省も対策は考えているけど私の職場には浸透していないなあと言うのが良く分かりました。机上の対策と言ったところでしょうかねえ。でもかなり参考になる資料です。

 その友人にこのブログのアドレスを教えたこともあり、一読してくれたようです。私が職場で受けてきたことは「人権侵害」だとね。私もそうは思っていたんです。でも人権侵害は一人で戦い抜くのは困難だからこのブログを元にいろいろな人と共に歩むといいとね。そうは言っても無理はしないようにと。

 本当に急にたくさんの資料を送ってくれて嬉しかったですね。ちょっとウルウルしそうになりました。友人っていいですよね。いざという時には声を掛けてくれる・・・。

 それと一緒に一冊の本が同封されていました。「からだのままに 南木佳士著 文藝春秋刊」。うつ病を病んだ医師のエッセイです。これを「お見舞い」にと。

 ありがとう。またゆっくり読ませてもらうよ。また久しぶりに一杯やりたいね!

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イスタンブール一人旅(最終回)

☆ 1996年12月7日(土) イスタンブール市内巡り その2

 しばらくハイダルパシャ駅で休んだ後、再びフェリーに乗って新市街のカラキョイへ戻りました。ここから地下鉄に乗ります。地下鉄と言っても一駅だけです。1875年に作られたというヨーロッパでは最も古い地下鉄の一つです。終点のチュネルまで所要時間はたったの3分。運賃は1.5万トルコリラ(20円)でした。この地下鉄は地下ケーブルカーと言った感じで上っていきます。世界最短の地下鉄です。

 チュネルから今度は新市街の市電。こちらもレトロ調で昔ながらのものです。チンチン電車の言葉がピッタリと当てはまる感じです。こちらは車両が小さく満員だったけど運よく座ることができました。新市街のお洒落な街をゆっくり走っていきます。ふと窓を見るとぶら下がっている子どももいたのでびっくりしました。おそらく無賃乗車でしょう。こちらも1.5万トルコリラでした。終点のタキシムは広場で線路は円形になっています。これで向きを変えられる仕組みになっています。

 このタキシム広場からドルマバフチェ宮殿まで歩いて行くことにします。坂道を下っていくとイスタンブールを代表するサッカー場であるイノニュ・スタジアムがあります。外観こそ古びているけど、坂の上から見える芝生はとてもきれいでさすがはヨーロッパのスタジアムです。しかし、この日は催し物は行われていなくて静かでした。

 なお、坂を下っていくと宮殿があります。しかし、15:00を過ぎていて入場はできませんでした。この宮殿は海のすぐ近くにあって、海上から眺めると美しそうです。トルコの初代大統領のアタルチュクが官邸に使用したとのことだけど、1938年11月10日の9:05に執務中に亡くなったそうです。

 今度はまた同じように引き返すけど、今度は市電の通りを歩きます。この通りはイスティクラール通りと言います。歩いているうちに警察官が大量に向かってきたので何だ、何だと思っているうちにデモ隊がやってきました。何のデモかは分からないけど規模は大きそうでした。

 チュネルを過ぎても歩き続けてガラタ塔へ向かいます。雰囲気は一転して変わり、ダウンタウンになりました。この塔に入るとエレベーターがあり、入場料20万トルコリラ(230円)を支払うとエレベーターボーイ(と言っても子供)二人がドアを開けて案内してくれました。最上階にはレストランなどがあるけど、外に出て夜景を楽しみます。雨が降ってきて多少見通しは悪いものの旧市街のライトアップされたジャミィが神秘的です。

 ガラタ橋を渡って旧市街に戻ります。ここで岸壁に船を横付けして船上で火を焚いてサバサンドを売る人たちがいました。話のタネに一つ食べてみました。10万トルコリラ(110円)でかなり大きなパンに焼いたサバやネギなどが挟んであってかなりお腹にたまります。これで夕食は十分なくらいです。しかし船が火事になることはないのでしょうか。

 夜のシルケジ駅に行ってみました。案の定夜行列車が出発を待っていました。行き先はブカレスト。編成は長く、双方の国の車両が連結されていました。その後旧市街の市内電車に乗りホテルへ戻り最後の1日が終わったのでした。

☆ 1996年12月8日(日) 帰国の途へ

 帰る日です。現地係員が迎えに来て空港に向かいます。免税店で買い物をしてアエロフロート504便は若干遅れて14:10に離陸しました。運悪く喫煙席でした。ロシア人のあまりにも手荷物の大きさに驚きます。きっとトルコで買い出しをして自国で商売をするのでしょう。座席は乗務員の前で着陸時に話しかけられます。美人だったので嬉しかったです。

 行きとは違い帰りのモスクワでは1時間程度の待ち時間で成田行きのアエロフロート584便に乗り継げます。急いで免税店でロシア土産を買います。こちらの免税店では米ドルしか使えませんでした。

 成田行きの座席は空席が目立ちゆったりと座ることができて良かったです。

☆ 1996年12月9日(月) 成田空港到着 

 無事に成田空港に到着しました。今回の旅行ではあまり鉄道には縁は無かったけど、エキゾチックなトルコを楽しむことができました。是非次に訪れる機会があればイスタンブールからアンカラまで鉄道で行ってみたいと思います。

◎ さいごに

 長々と「イスタンブール一人旅」を綴らせていただきました。随分前の旅行だけど、書いているうちに記憶が蘇ってきました。いずれこんな旅行をまたしてみたいなあと思っています。ここまで読んでくださった方には心より感謝申し上げます。コメント欄に感想などお寄せいただければ幸いです。(完)

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2008年2月18日 (月)

スピーチ

 私は、鉄道旅行好きなことは今までたくさん書いていますね。その鉄道が好きな人たちが集まった全国規模のサークルがあって、その地方支部を作っています。今は休眠中だけどね。なぜかその支部長を発足当時からやっていて(と言っても雇われ支部長だけど・・・)、年に細々飲み会を開いたり、会報を発行していたりしていました。20名くらいの小さなサークルだから気は楽だけどね。年齢も皆同じようなものだし、鉄道好きののサークルと言うより仲が良い友人同士の集まりと言った感じです。

 さて、今日は2月18日、この日はそのサークル仲間のOさんの結婚した日です。と言っても1996年の話だけどね。そのOさんから披露宴の招待を受けていて、何とそのサークルの支部長と言うことで「スピーチ」を頼まれてしまいました~。実はその時結婚式でのスピーチは初体験だったのです。

 1週間ぐらい前から何を話そうかいろいろ考えて、紙に書いてみて、覚えて・・・・、大体マイクの前に行ってまともに話せるだろうか・・・・、その不安が披露宴の日が近くなるにつれ大きくなっていきます。みんな話に夢中でザワザワしていて聞いてなければいいなとか、そんなことばかり考えていました。披露宴前夜はまともに眠れなかった気がします。

 そして当日。我が地方には珍しく朝雪が1cmほど積もっていました。て言うことは関東のほうはもう大雪ですね。結婚式場は新幹線で2駅先でそこから送迎バスが出ているとのことでした。やっぱり新幹線は遅れていました。送迎バスには間に合いませんでした。だから普通電車に乗って最寄り駅で下車し、タクシーで何とか間に合わせることができたのでした。

 そんなことで、時間に間に合うかどうか焦っていてスピーチどころではなかった結婚式当日。披露宴が始まると緊張で足はガクガク。心臓は飛び出しそう・・・。乾杯の音頭の後、お酒をある程度飲んで、もう酔った勢いでスピーチしようと考えました。何杯飲んだかな・・・・。そして私のスピーチの順番になりました。恐らく声は震えていただろうし・・・、でもお酒の力で自分ではしどろもどろだったと思うけど何とかその場を無事に終わることができました。その後は、やっと肩から力が抜けて思う存分「美味しいお酒」を味わうことができたのでした。

 本当にダメなんです。苦手なんです。改まった席で人前で話すのが。いつも披露宴で来賓挨拶をやる方ってすばらしいなと感じています。やっぱりそう言う人が偉くなるんだな。

 あれから12年、Oさん、元気でやっているかな?たまにはbeerでもやりたいねsign03

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旧東海道徒歩紀行(20)

◎第11回 1997年1月18日(土) 府中~丸子~岡部~藤枝 その1

 この日の集合時間は静岡駅に8:30。地元から歩き始めるのだからもっと遅い時間でも良かったのだけど、Iさんが遅い時間に自宅を出ると近所の人に「またこの家のご主人は遊びに行った」と言われるとかでこの時間になりました。ところが8:30を過ぎてもなかなかIさんは現れません。1時間以上過ぎてからIさんはやってきます。前日に飲みすぎたそうで・・・。

 さて、日頃見慣れた呉服町通りを進み、前回の終了地点である「札の辻」、伊勢丹デパートを左に曲がります。そして七間町通りを西へ進み、映画館のところを右に曲がって新通りに出て左に曲がります。城下町特有の曲がった道筋です。なぜ城下町の道筋が曲がっているのか・・・・、敵に一気に攻め込まれないようにするためなんですね。そこから安倍川までほぼ真っ直ぐです。安倍川の橋を渡る前に「石部屋」という有名な安倍川餅の店があります。10:10頃に到着し、せっかくだから安倍川餅(450円)を食べて行きました。

 江戸時代は徒歩渡りだった安倍川橋を渡ります。手越の旧道を歩き、国道と交差していよいよ20番目の宿場である丸子へ入って行きます。旧道もしばらく道幅が広いのだけど、次第に細くなり古い家が連なる町並みとなりました。この町並みの外れに「丁子屋」という茶店があります。とろろ汁で有名です。昔のままの茅葺き屋根でいかにも江戸時代からのものだと思ってしまうけど、昭和46年、元の建物を取り壊して古民家を移築したものだそうです。ここで11:00ごろ。ここでもせっかくだから昼食も兼ねてとろろめしを食べました。むかご、とろろ、麦飯、味噌汁で1,350円でした。ビールも1本飲みました(勿論Iさんは二日酔いで飲めませんでした)が、とろろは結構お腹にたまり、やっとのことで空けました。この店も観光地化されていて、大型バスでの客がかなり来るようです。大広間での食事は少々がっかりしたものです。(ちなみに安藤広重の「鞠子」では茶店が描かれています)(その2へつづく)

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2008年2月17日 (日)

頑張った一週間

 いつもブログで「散歩をする」とか「昼寝をしない」とか書いています。前回からクリニックの先生と「4月復職プロジェクト」を立ち上げた(と言っても口だけだけど)こともあって、私自身が4月復職に向けてモチベーションを上げようと思ったところです。

 その中で「散歩」については12月ごろからボチボチ始めるようになったのだけど、雨が降っているときは歩いていないし、土日に家族と出かけたりしたときは歩かなかったりして、今まで一週間続けて毎日歩いたことは無かったと思います。2月初めからダイアリーに歩いた時間を書くようにしました。そのダイアリーにはその日の天気も書くようにして・・・・。今までメモをするのは苦手だったけど、今のところは3日以上は続いているからこのメモも続けられるといいなと思っています。

 そして今日も快晴。早速50分散歩して、ダイアリーに書いてみたら2月11日から1週間連続で散歩したことが判明。これは私にとってはすごいこと。良く頑張ったなと思います。11日が50分、12日が50分、13日が午前と午後と合わせて65分、14日が50分、15日が25分、16日が45分、今日17日が50分で合計335分、1日平均約50分歩いています。

 「たったそれだけのこと」と思われるかもしれないけど、復職に向けて取り組めたのは大きいと思っています。もっとも天気が一週間続いたからできたことだけどね。

 でもそのダイエットについては効果はまだ出ていないのが辛いところです。風呂上りに体重計に乗っても減っていない・・・・。食事の量を減らさないといけないな。たくさん食べ過ぎちゃうんで。

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ネコのこと

 私がブログを始めてから皆様のブログを訪問させていただくようになり、いろいろ読ませてもらっていると、犬や猫が好きな方が多いなあと感じます。確かに飼っているとかわいいし癒されますよね。そのお気持ちは充分に分かります。

 我が家は犬は私が幼かったころ一瞬だけ飼ったことがありました。猫は今まで飼ったことはありません。

 他に飼ったことがあるペットと言えば、小鳥と金魚くらいかな。小鳥は私が小学生の時いろいろと飼っていました。セキセイインコに文鳥にジュウシマツ、これらを私が世話をしていました。それはというもの、かわいかったですね。

 その小鳥たち、ある夜に全滅してしまったのです。犯人はと言うと何と「ネコ」。我が家は10年くらい前までは食堂を親が経営していました。自宅も店舗兼住宅です。当然食堂だから生ゴミなんかもたくさん出ますよね。そのにおいに引き付けられるのかよく我が家にネコが来ていたのです。我が家の隣りもおすし屋さんだからね。小鳥が無残にも全滅した時は悲しかったですね。ショックでした。それ以降、生き物は飼わないことにしたんです。死んじゃうとかわいそうだからね。

 我が家がネコの通り道になっていた感じでした。盛りの時期になると我が家の屋根の上で「ニャーニャー」の大合唱。ガタガタネコの足音はするし寝られたものではありません。こんなこともありました。ネコってホンの小さな隙間からでも侵入できるんですよね。夏などは窓を少し開けて寝ることも多かったのですが・・・、私が夜中に目覚めてふと横を見るとネコがいるではありませんか。これは気味が悪かったですね。

 まだあります。2階にある物干しのベランダから「ニャーニャー」とか細い泣き声が聞こえてきます。よくよく探してみたら・・・・なんと我が家のベランダで子どもを産んで育てているではありませんか。時々我が家にも侵入してきて親ネコが子ネコを連れて歩いているんです。こんなネコ、家賃を払ってもらわないと困りますねえ。

 ネコって放し飼いだから外で何をしているのか分からないんですね。帰巣本能は強いので、それで飼い主のところには戻ってくるのだろうけど・・・。だからネコには好印象は持っていません。最近は食堂をやめちゃったし、ネコを見かけなくなりました。

 でもネコって飼うとかわいいんでしょうね。外で何をしているか、飼い主には責任を持って飼ってもらいたいと思ったものでした。

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