旧東海道徒歩紀行(30)
◎第17回 1997年8月30日(土) 赤坂~藤川~岡崎
前回バテてしまった赤坂宿と藤川宿の間である名鉄の長沢駅で下車し、この地点からスタートです。出発は9:55です。しばらくはずっと同じようなのどかな旧道を歩きます。途中国道に吸収されたり離されたりしながら・・・・。そして国道に吸収された旧東海道が再び左手の旧道に入ると藤川宿の入り口を示す「東棒鼻」の標柱が立っていました。これは復元されたものだそうです。安藤広重の「藤川」にもこの場所が描かれています。この付近は田んぼの中でのどかな細い道だけど、すぐに古い家並みが残る藤川宿の中心地へ。この辺りで11:20でした。その古い家並みが過ぎると藤川宿の出口。そこに十王堂がありました。ここに芭蕉句碑があります。「爰(ここ)も三河むらさき麥(むぎ)のかきつばた」と記されています。この句碑は寛政5年(1793)に建立されたものだそうです。この十王堂を過ぎて名鉄の線路を越えると国道に出るまで見事な松並木が続きます。国道に吸収されてまたすぐに左手に入って旧道になりました。
そろそろ正午になったので昼食をと「レストラン岡崎」というドライブイン風の店に入ります。そこで天ぷらセット(700円)を食べて昼食にします。そして再び歩き始めて山綱川を渡る手前に「天然記念物 岡崎源氏蛍発生地」の説明板がありました。
山綱川の橋を渡った後も旧道で、国道を渡ると「太平の一里塚」があります。道の片側だけ塚があって残されています。岡崎I.C.を過ぎるといよいよ岡崎へ入っていきます。岡崎の旧東海道は「二十七曲」と言われていて、ほぼ直角に曲がる箇所が27あるとのことです。地図を参考に住宅地の中を辿っていくけど今ひとつはっきりしない部分もあり、我々が歩いたところが旧東海道であったかどうかは疑問です。でもほぼその通りに歩けたのではなかろうかと思っています。城下町特有の曲がった道ですよね。
岡崎と言えば何と言っても岡崎城。ここで今回は終了とします。14:20の到着でした。折角だから岡崎城に立ち寄り、売店でかき氷を買って食べました。暑い中歩いた後のかき氷は美味しいものですよね。この日は名鉄線の距離で名電長沢~岡崎公園前間が16.1km、所要時間は4時間25分でした。(第18回へつづく)
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コメント
こんにちは。
改めてガイドブックを見ても曲がり角の数がすごいです。でも地図を信じて歩くしかないですね。
こういう街道は貴重ですから区画整理で道が変わらないようにと願うばかりです。
今のところゴールデンウィークにでもまた歩こうと思っています。暑くなりそうですけど・・・。
投稿: まさたみ | 2008年4月22日 (火) 11時52分
岡崎は「二十七曲」なんですか。いい勉強になります。
安藤広重の藤川もネットでチェックしてみましたよ。
「東棒鼻」って面白い名前ですね。
お疲れ様でした。
ではでは。
投稿: ちゃま | 2008年4月22日 (火) 21時42分
まさたみさんへ
この歴史的な二十七曲がりはいつまでも残して欲しいですよね。
そうですか、今度はゴールデンウィークに行くのですね。また楽しみにしていますよ。
投稿: まりぱる | 2008年4月23日 (水) 13時33分
ちゃまさんへ
さすがは城下町、一気に攻められないようにこのような曲がった道になったんですね。
藤川宿、さっそくチェックしていただいてありがとうございます。安藤広重の絵そのものでしたよ。
投稿: まりぱる | 2008年4月23日 (水) 13時35分