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2008年5月

2008年5月31日 (土)

地下鉄ロマンスカー

[ロマンスカー] ブログ村キーワード

 今日の夜は親友の「たぬき」さんと会うことになっています。例の北海道旅行で一緒に行ったし、先日は千葉マリンスタジアムへ観戦に行った帰りに東京で土佐料理を一緒に食べたし、殆ど「鉄道」とかよりも「呑む」ほうのつながりが大きいかな。

Photo_2 今日はたぬきさんは「地下鉄ロマンスカー」を使ってやってくると言います。珍しく「鉄道ファン」らしきことをやっていますね。私のほうは最近は鉄道ファンらしきことをする機会がないので羨ましいですね。でも一緒に乗ると絶対にbeerの旅になってしまうからねえ。もう既にロマンスカー内でbeerを呑んでいると報告がありました~。携帯で車内の様子とbeerの画像を送ってくれました。

 たぬきさんはその後箱根を越えてやってくるとのことです。今からこの調子だと夜まで持ちますかねえ、たぬきさん。まあ箱根八里は馬でも越すというけどたぬきはどうかなぁ。

Photo_5  冗談はさておき、地下鉄東京メトロ千代田線と小田急電鉄直通のロマンスカーが誕生したなんて鉄道をとりまく状況は少しずつ変わろうとしてきていますね。都市型の鉄道は少しずつ面白みが復活しているように思います。意外なところに新線ができたり、京成電鉄は最高速度160km/hのスカイライナーを日暮里から成田空港まで走らせる計画を立てていたりね。

 それにしてもロマンスカーが地下鉄千代田線内を通るなんてどんな感じなんだろうね。私も時間とお金があったら同行したかったなあ。でも「花より団子」って言うか「電車よりビール」になっていただろうなぁ。

 ま、今日の夜はそんな話を肴にしながら楽しく呑むとしますかねえ。私もその内に列車を使った家族旅行でも計画したいな。職場復帰したらね。

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2008年5月30日 (金)

やってしまった

 やってしまいました。何をやってしまったのかと言うと・・・・、小学校3年の長男がDSを壊してしまったのです。何で壊れたかって・・・・。

 画面に水道の水をかけて洗ってしまった・・・・・・・・・・・。

 もう分かりますよねぇ。この類の機械は水にとっても弱いんですよね。もう手遅れです。再起不能だと思われます。画面が汚れていたから洗ったとのことだけど、なぜ一言話してくれなかったのかなあ。その事を言うと泣くわ騒ぐわで。

 新しいDSを買ってやるのもなぁ。そもそもこのDS、私の姉がクリスマスプレゼントで買ってくれたもの。私はこういうものを買い与えると夢中になってしまうから最初から買ってやるつもりは無かったんですね。実際なかなか宿題はやらないしね。でもこのおかげで友達が増えたことも事実。最近の小学生はこう言う物でしかコミュニケーション取れないんでしょうか。ちょっと寂しい気もします。遊ぶものはいくらでもあるのにね。

 さて、新しいものをどうしようかな。そういう私も京都へ旅行して貴船の川床料理を食べながら携帯を川に落としてダメにしたことがあったなぁ。同じことかな。

 散々長男には言ったので、今は気を取り直しているけど、毎日友達とそれで遊んでいるから何とかしてやらないといけないかも。でもなぁ、決して安いものじゃないからなぁ。2年半ぐらい使ったから寿命だと思って新調してやりたい気もするけどなぁ。ボタンも一つ調子が悪くなっていたようだし。う~ん、親としての対応が難しいね。

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こんな切符そんな路線(国鉄二俣線)

 国鉄二俣線というと一体どこを走っていたんでしょうか。もう忘れちゃった人も多いんじゃないかと思います。

 1987年3月14日限りで国鉄から経営を離れて新たに3月15日から第三セクターの天竜浜名湖鉄道として再出発した路線ですね。東海道本線の掛川駅から浜名湖の北側を通って湖西市の新所原駅を結んでいます。東海道本線の迂回ルートみたいな路線ですね。江戸時代に東海道の迂回ルートだった姫街道(本坂越道)と似たような感じでした。

 この二俣線は、同じ静岡県内の先に廃止された清水港線より経常収支が悪かったんですね。だけど、沿線自治体の存続運動などがあり、何とか第三セクターで開業できたのは我々鉄道ファンにとっては喜ばしいことでした。

 そんな二俣線を国鉄時代に「連続切符」を使って乗車しに行ったことがあります。切符の種類として片道切符と往復切符は良く知られているところですが「連続切符」はあまりご存知の人はいないかも知れません。まあ読んで字のごとく連続している切符のことだけど、2つ以上の経路が途中で重なってしまう場合、重なった駅から先を2枚の切符にして販売されるものです。今でもそのような切符は発行してくれると思います。でもあまり馴染みはないですね。

059  今回紹介するのは2つの切符が1枚になっていて、ミシン目で切り離すことができる珍しいものです(画像をクリックして大きくしてみてくださいね)。1980年に二俣線に乗りに行った時のものです。画像を見ていただくと分かるように、一見すると静岡~掛川の往復切符に見えるかもしれません。しかし右側の切符は経由地が「東海、掛川、二俣」となっています。静岡駅から掛川駅で二俣線に入り新所原駅から東海道本線で浜松駅を通って掛川駅に来るというもの。掛川駅で経路がぶつかってしまうのでその掛川から静岡までの切符は左側のように発行されています。同じ国鉄だったからこのような切符を作れたのだけど、今は会社がJRと天竜浜名湖鉄道に変わってしまってこのような切符を作ることはできませんね。

 今もそうだけど、こんなローカル線は乗っていて飽きませんね。のんびりゆっくりと進むから本来の汽車旅が味わえます。浜名湖の北側を通るから、その辺りも景色がいいしね。今はレールバスになってしまったけど、列車には変わりはありません。また暇があったら天竜浜名湖鉄道に足を運んでみたらいかがでしょうか。

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2008年5月29日 (木)

雨上がりの散歩

 今日は朝から雨、今日のお散歩は中止かな~なんて思っていました。それがお昼過ぎには雨が上がり、道路も乾いてきました。これなら散歩ができそうです。

 それで今週やっている散歩の逆コースを歩くこととしました。まだ自宅を出る時は曇り空。雨が降ってこないといいなと思いながら。風が今日は強いしね。

 逆コースだと一番遠い場所の直線が普段は追い風になるんです。だから今日も歩きやすいのかなと思っていたら、最初の出だしの直線が追い風でした。と言うことは風もいつもの反対から吹いていることになるんですね。案の定一番遠い場所の直線が向かい風になりました。

 でも今日は少し気温が低めだったので汗をかくにはちょうどいいですね。

 その向かい風の直線を過ぎた頃には青空も見えてきましたよ。

 そんなことで今日も80分弱歩きました。歩数計は8,500歩程度だったけど。これで月曜日から今日木曜日までしっかり歩いています。体重も微減しているしいい傾向ですね。

 明日は雨が降らなかったら午前中も少し歩こう。今週は午後は80分程度歩いているけど午前中は歩いていないので。久々に1万歩の大台に乗せたいなあ。

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たまには離島に行ってみよう~利尻島~

[利尻島] ブログ村キーワード

 さすがに離島シリーズもこのあたりまで来ると古い話で恐縮なんですけどね。

 今回は「利尻島」です。もうかれこれ17年も経つんですね。旅行した時からね。1991年7月25日に北海道の利尻島へ渡ったことが記録に残っています。北海道の一番気候が良い時ですよね。

 当時は滝川から急行列車の「利尻」に乗って稚内まで向かったんですね。今だったらもう「急行」の存在は皆無に等しいのだけど。夜行列車なので朝6:00に稚内駅に到着します。ここからバスに乗ってフェリーターミナルに行きます。この日は残念ながら雨が降っていました。

 利尻島・鴛泊行きのフェリーは時期が時期だけになかなかの混みようです。私は2等船室の座敷に場所をキープしたけど、団体のツアーの客が多いようです。それも私の周りはオバサンばかりです。テレビで朝の連続テレビ小説「君の名は」が始まると、そのオバサンたちはテレビの前を占拠してしまいました。どうしようもないなと思っているうちに稚内から1時間半で利尻島・鴛泊港へ接岸しました。

 どうやら雨も上がり晴れ間ものぞいてきました。フェリーターミナルには宿の客引きなどが大勢います。ここから宗谷バスでほぼ円形の島を海岸沿いに1周します。さまざまな角度から利尻島のシンボルである利尻富士を眺めることができてとても良かったと思います。途中には大きな集落もあり、客の乗下車が意外と多かったですね。地元の貴重な足なんでしょう。沓形港でバスを乗り換えます。2時間少しでこの島の外周を1周できました。もっとゆっくり歩きたいところだけど、この日1日で礼文島に行く計画をしていたのでそのまま礼文島行きのフェリーに乗りました。

 この利尻富士、正式には利尻岳だけど、深田久弥氏が書いた「日本百名山」の一つなんですね。私もいつかは登山に挑戦してみたいけど、それまで暇とお金と体力があるかなあ。 

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2008年5月28日 (水)

たまには勝ちますよ マリーンズ

 どうもこのごろマリーンズの記事が少ない「☆マリンパルパル☆」です。これもそれも借金10(昨日まで)でパ・リーグ最下位じゃあねえ。書く気にもならないですな。

 今日のマリーンズの先発は高卒ルーキーの唐川投手。3勝あげているとは言え、前回はノックアウト。そうそうプロは甘くないですよね。今日もタイガース相手に1回1点、2回1点、3回には金本選手のホームランで一時は0対4。唐川投手はノックアウト、久保投手に代わります。こりゃ今日もダメかなとあきらめかけたときに大松がツーランホームラン。この調子だ~。その後も同点に追いつき6回表に里崎の決勝タイムリーで逆転。そのまま逃げ切り何とか5対4でタイガースに勝たせていただきました。

 いつも交流戦は得意としているのにまだ今日の勝利を入れても2勝目(5敗)。これからケガ人が戦列復帰してどれだけ盛り返せるかでしょうね。それでも交流戦は勝ち越して欲しい。そんな気持ちです。明日も頑張れマリーンズ。・・・・・雨で中止かも(笑)

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うつ病1周年

 今日は5月28日ですね。この日は「記念すべき」うつ病の1周年です。初めて精神科のクリニックへ行った日なんです。

 思えば昨年の今日は月曜日だったんです(今年はうるう年なので曜日が2日ずれています)。昨年の今頃は新人研修の真っ盛りで、疲労がピークでした。毎週金曜日に自宅に帰っていたんだけど、どうしても前日の日曜日に研修所に戻る気がしなかったんです。それでも何とか行かなければいけません。渋々新幹線に乗って研修所に戻りました。実技検定などが終わって本来だったらホッとするところだけど、それで完全に心が奪われていましたね。もう電池が空っぽ状態。燃料切れです。

 そこで毎日提出する研修日誌に研修所に戻ってから断腸の思いで付け足しました。「研修所の近くの精神科を紹介してください。」とね。

 翌月曜日に担当の先生から呼び出され、インターネットか何かで調べたんでしょう。「○○クリニックに電話をして下さい。夕方診察を受けてください。」と言われました。そこのクリニックは予約制ではないけれど、一応初診なので念のためと言うことなんでしょうね。いよいよ精神科デビューです。

 その精神科は住宅街のど真ん中にあり、研修所の女性の先生が付き添いで引率してくれました。こじんまりしたそのクリニック、看板には「内科・外科・皮膚科・消化器科・小児科・神経科」とあり私の該当するのは神経科なのかなと思いました。要するに典型的な街医者なんですね。どうせ診てもらうならば専門のところが良かったんだけど、なぜここを紹介されたかは不明。一番近い精神科だったからかもしれません。

 診察室に入っていろいろ状況を話します。先生は「それはあなたは抑うつ状態じゃ」と言われてとりあえず「マイスリー錠、デパス錠、ソラナックス錠」が処方されたんです。私の診察の後は引率してくれた女性の先生とクリニックの医者との話しになりました。私は待合室で待ちます。そのときの診察室での話がどうであったかは今もって不明です。でもこのやり方は良くないですよね。診察時にも研修所の先生がいて話しづらかったし、言いたいことの半分も言えなかったかもしれません。その上私がいないところで医者と先生が2人で話している、これって物凄く不安を煽るやり方ですよね。それから毎週月曜日に診察となって、翌月曜日には医者からはっきり「うつ病です。」と言われパキシルを処方されてしまったんです。

 と言う事で5月28日は私にとって「うつ病記念日」になってしまったのです。でもそれから研修の残り1ヶ月頑張ってしまいました。100人以上の研修生の中で私一人だけが脱落することは自分が許せなかったからです。他の研修員のモチベーションが下がると思ったんです。研修所の先生も「まりぱるさん次第です。」と言うばかりでした。その時ドクターストップを掛けてくれればもう少し今の状況は変わったかもしれません。でももう過去のことです。

 結果的に6月末に職場に戻って病院送りにされて休職したこと、当初は物凄く罪悪感があったけど、今となれば失ったものも大きいけど得たものもそれ以上のものがあると思っています。決してこの仕事を休んでいたことは無にならないと私は信じたいですね。

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2008年5月27日 (火)

散歩逆回り(5/27)

 今日は快晴のいい天気。絶好の散歩日和となりました。このごろ報告はしていないけど日曜日にJリーグを観にいった日以外はしっかり1時間コースの散歩をしているんですよ。

 今日も午後散歩をすることとしました。何となく気分が変わっていつもの逆コースを歩こうとふと思ったんです。いつも歩いているコースを果たして逆に回ったらどんな感じになるんだろうかと思ったからです。

 何となく歩きにくいのかなあと思っていたら、案外そうでもなく何か「新しい道」を歩いている感じです。目線が違うというかなんと言うか・・・。でもたまたまだったかも知れないけれど、追い風が吹いていて歩きやすかったですね。やっぱり新鮮と言うか何と言うかね。

 いつも住宅街を迷路のように歩く場所があってお決まりコースがあるんだけど、逆に辿ったらしっかり間違えてしまいました。そんなものですねぇ。でも生まれたときから馴染んでいる道なので迷うことはなかったけどね。でも面白かったです。

 自宅に到着したら80分ぐらい掛かりました。気温の割にはカラッとしていて歩きやすかったですね。そういうことで、本日20:30現在の歩数計は9203歩。午前中歩くと確実に1万歩は超えるけどね。でもまあ無理しないようにしてます。

 それにしても今日は気分的にも絶好調だったなぁ。こんな陽気のせいですかね。

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カンプ・ノウスタジアム(バルセロナ)

 オーロラを見ながらモスクワに寄航して、再び飛び立った飛行機は無事にスペイン・マドリード、バラハス国際空港に到着しました。その日はマドリードのホテルで1泊。翌日はバルセロナへ向かうことになっています。

 マドリードからバルセロナまでは1時間に1本の割合で飛行機が運航しています。それも予約はしてあるものの早いもの勝ちの自由席。日本で言うならば東京と大阪を結ぶような路線ですね。

 バルセロナへ到着すると、市内観光。ガウディの建築物などをじっくり見させてもらいました。スペインと言うと闘牛にサッカー、パエリアにその他いろいろありますね。そこでツアーの他のメンバーがサッカーを観にいくと言っていました。そこで私たち3人(同僚と姉)はすかさず便乗。そのころは日本でもようやくJリーグが発足したばかりの頃でそれほどまでは関心はなかったんだけど、F.C.バルセロナのチーム名くらいは知っていました。トヨタカップなどで日本にも来たことはあるしね。

 市内観光が終わって、地下鉄でカンプ・ノウスタジアムへ向かいました。地下鉄から降りてスタジアムのチケット売り場へ。もう試合は始まっていたようだけどチケットは無事入手できました。中へ入ってみるとこれはびっくり。すご~い観客とスタジアムの雰囲気。これは日本のスタジアムにはないような光景です。このスタジアムは約10万人収容できるとのことでこれまた桁外れ。我々はゴール裏の一番高い(位置が)ところのゾーン席でした。この席でも約4,000円。これもまた高いものです。大方それでも8割くらいは席が埋まっていたからこれもまた凄いです。

Photo  試合はF.C.バルセロナvsセビリアの試合でした。私たちが入場した時は既にセビリアが1点先制した後でした。前半15分くらいに私たちは入場したと思うのだけど。当時はF.C.バルセロナにはブラジル代表のロマーリオがいましたね。ぴったりセビリアの選手がマークして仕事ができませんでした。ハーフタイムにはビールを買ったりもしてすっかり現地人。あまりにも点が入らないので同僚は紙飛行機を飛ばしていました。

 でもやっぱりサッカー本場の欧州は凄いです。観客のブーイングも半端ではないですね。後ろの観客なんてイスを壊しそうなくらいガンガンやっていましたからね。フィールドにはフェンス沿いに犬が行ったり来たりしていましたからね。多分暴動を抑えるためだろうけど。

 試合はそのまま終わり、1対0でセビリアの勝利。折角来たのにゴールシーンが見れずに残念でした。だけど、この光景、今でもはっきり覚えています。日本のJリーグにはない光景だから本当に行くことができてよかったです。ツアーの他のメンバーと仲良くなって良かったと思います。

 またいつか機会があったら欧州の本場のサッカーを観てみたいな。

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旧東海道徒歩紀行(34)

21回 平成10321日(祝) 四日市~石薬師~庄野~亀山~関

 この日は近鉄追分駅前を10:24に出発しました。しばらくは本当に「旧道らしい」旧道になっていきます。お伊勢参りに行く旅人が多かったでしょうから、ここからは旅人も少なかったんでしょうね。とてもローカルな雰囲気です。内部川を渡って杖突坂になります。あまり印象に残っていないと言うことはそれほど苦にならなかったんでしょうね。まだ歩き始めたばかりだし。でもしっかり杖突坂の碑が写真に収められていました。かなりの急坂に写真には写っています。

 それから国道1号線と合流したり離れたりして44番目の宿場町、石薬師宿に入っていきます。今までの宿場の中でも寂しい感じがする石薬師宿は国道と並行している旧道にあるけど、少し高台になっています。少し民家が並んでいます。一応宿場町らしい雰囲気は残っていますね。

 宿をはずれ、国道の上を通り過ぎるとすぐに「石薬師寺」があります。ここに11:50に到着しました。安藤広重の石薬師宿はこの石薬師寺が描かれています。しばしここで休憩します。

 JR関西本線と交差する手前に「史跡 石薬師の一里塚址」の碑があります。でも塚とかは残っていないので一里塚の雰囲気はありませんでした。そこから川沿いの土手道・・・と言っても国道1号線を歩くことになります。交通量も激しく旧街道の雰囲気はありません。しばらく国道を歩いて旧東海道は右に折れます。すると45番目の宿場町、庄野宿となります。国道から外れているせいか、旧東海道の雰囲気を色濃く残しています。庄野宿本陣跡の碑が建っていました。ここで12:33でした。石薬師宿と庄野宿は25丁しか離れていないのであっという間に着いてしまった印象が残っています。このあたりの道幅はいかにも旧道らしく残っています。ちょっと感動したのを覚えていますね。庄野の宿場を出てまたのどかな風景の旧道を歩いて行きます。まだ昼食を食べていなかったので、JR井田川駅近くの「彦兵衛」というおそば屋さんに入ります。ここに到着したのが13:20でした。そこでは「ざるかもセットそば」を食べました。この値段は記録に残っていないので分かりません。その店を14:01に出て再び歩き始めます。亀山までずっと旧道です。印象は薄いけど亀山が近くなるにつれて民家が多くなってきたのを覚えています。そして46番目の宿場町、亀山宿に入っていきます。

 亀山の旧道は少し分かりにくいですね。やはりここも城下町なので旧道が少々曲がっています。地図どおり歩けたかどうかちょっと不安です。亀山と言うと「ローソク」が有名ですよね。この工場は確認することができました。そして京側の宿場の出口である「京口門跡」は説明板があり、とりあえず入口と出口は確認できたから良しとしましょう。

 坂を下っていき、旧道を歩いて行きます。すると「野村一里塚」が堂々と残っていました。参考にしている本によれば、この一里塚は「椋の木」で樹齢300年を超えるものだそうです。椋の木を植えた一里塚は全国でこの一里塚だけだそうです。もう片方の一里塚は失われているけど、こちらは榎の木だったそうです。そこを過ぎて国道とJR関西本線を過ぎると鈴鹿川沿いの土手道。これが旧東海道です。

 土手道から離れ、国道と一旦合流してすぐにその反対側に旧道が繋がります。その国道と別れてすぐのところに「関の小萬のもたれ松」があり小さな松と説明板があります。

ここは「関の宿にゆかりの小萬が、仇討ち修行のため亀山へ通う途中、たわむれかかる若者を避けるために、この松に隠れた・・・」との伝説の松だそうです。

 そこからすぐに47番目の宿場町、関宿に入ります。入ってすぐの場所に「伊勢街道」との分岐を示す碑が建っています。日永の追分からの伊勢街道と関宿の追分からの伊勢街道、2つあったのですね。京から下ってくれば関宿の追分からお伊勢参りに向かう旅人が多かったのではないでしょうか。

 関宿は見事に江戸時代の宿場町の雰囲気を残している街並みです。行政が積極的に街並み保存に取り組んだのでしょうね。本当に江戸時代にタイムスリップしたような感じにさせてくれます。いつまでもこのような街並みを保存していって欲しいですね。

 というわけで関宿でこの日の終点にします。16:05でした。JRの距離にして四日市~関間は28.4km、所要時間は5時間41分でした。

 関宿から先はまだ歩いていません。残りは関~坂下~土山~水口~石部~草津~大津~京都です。これからいつ歩くかは分かりませんが、いずれ実行して旧東海道を完歩したいと思っています。歩いた都度この続きは書いていきますのでその時まで待っていてくださいね。

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2008年5月26日 (月)

誕生日は静岡ダービーで

 昨日は私の誕生日でした。お祝いのコメントをたくさんいただいて本当に感謝しています。

075  さて、予告していたとおり、昨日はJリーグヤマザキナビスコカップ予選で日本平スタジアムにおいてエスパルスvsジュビロの静岡県勢同士が対戦する試合を家族で観戦に行きました。昨日の天気予報は極めて悪く、自宅を出る時はまだ「大雨洪水警報」が出ていました。とりあえず雨が降っても大丈夫なようにゴール裏の1階自由席(屋根がある)の前売り券を買ってあったので試合を見る分には大丈夫ですね。

 自宅を出る時は雨が上がり空が明るくなってきました。これはいい傾向です。最寄りの駅まで急遽歩いて行くことにしました。いつものJR清水駅からのバスのコースです。雨が降っていたらバスで静岡駅まで出てそこからスタジアム直通のバスに乗ろうと思っていたので助かりました。

 スタジアムへ到着した時はすっかり雨が上がり、これなら屋根なしの座席でも大丈夫そう。メインスタンドのゾーン自由席にランクアップしてもらいました。私はゴール裏から見るよりは横から見るほうが好きなので・・・。

 そして試合開始。もう日差しも出てきました。ダービーの割にはお客さんの入りが悪いように感じたけれど普段のリーグ戦とは違う大会だからね。でもダービーマッチには変わりありません。いろいろなものを食べて飲んで試合を観て大変楽しめました。終わってみればエスパルスが4対2で圧勝。こんなに得点するエスパルスも珍しいけど、ジュビロのゴンこと中山選手がゴールを決めたのはさすがですね。敵ながらあっぱれと言った感じです。

 試合が終わって今度はJR静岡駅までのシャトルバスに乗り、駅近くのチェーンの居酒屋で夕食にしました。私の誕生日にエスパルスが勝って最高の気分でしたね。早く静岡駅に到着したので食べ終わるのも早く、まだ空が明るいうちに家路に着いたのでした。

 自宅に帰って夜のスポーツニュースを見たら野球のほうはマリーンズは逆転負け。うまくいかないものですね。完璧な日よりこのくらいの日の方がいいかもね。

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2008年5月25日 (日)

誕生日

 今日は私の誕生日です。

 昨日の記事でも書いたけど、昨年の誕生日は本当に辛い思いをしていました。ちょうど研修中で研修生全員の前で朝礼時にスピーチ。しどろもどろに何か言ったんでしょうね。内容は全く覚えていません。

 昨年7月から休み始めて今日の誕生日を迎えられたこと、素直に喜びたいと思います。妻は誕生日プレゼントで新しいお弁当箱とハンカチを買ってくれました。やっぱり復職を待っているんでしょうね。その気持ちが嬉しいです。新しいお弁当箱で7月から職場復帰してお昼を食べる姿を想像しちゃいますね。

 今日は雨が降っているけど、今から日本平スタジアムで行われるJリーグヤマザキナビスコカップ予選エスパルス対ジュビロの静岡ダービーを観に行きます。きっと誕生日祝いでエスパルスが勝つことでしょう。午後には雨も止みそうだし、やっぱり今の私には追い風が吹いているのかな。

 さあ、今日の夕食は何を食べようかな?

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2008年5月24日 (土)

5月24日・・・あれから1年

 今日は5月24日ですね。あれから1年が経ちました。と言っても何のことか分かりませんね。

 昨年の5月24日は昨年4月に全然畑違いの職場に転勤して3ヶ月間の研修の真っ只中でした。私みたいにもう社会人生活が20年以上の人が新卒の若い連中と一緒に研修所で新人研修が行われていたのです。5月24日は研修の最大のヤマである実技検定の日でした。この日のために1ヶ月以上猛特訓をして、体はもうボロボロ状態だったんです。

 もともと運動系は得意ではないのだけど、更に歳を取っていたからキツイのも無理はありません。毎日が緊張と恐怖の連続でした。体があちこち痛くて疲れ果てているのに夜は眠れないし食欲もイマイチないし・・・。こんな私でも合格できるんだろうかと考えると怖くて怖くてたまりませんでした。ただでさえ職場の課長から「絶対に合格して来い!」って言われたし、この職場のライセンスみたいなものだから、合格しなければ現場にも出られないということだったからね。

 さて検定の当日、検定員がやってきます。研修所の居室を通ってその奥にある体育館に来るんですね。当然居室のベランダには研修員は長期滞在をしているのだから洗濯物を干してありますよね。でもその検定員の見える範囲内の洗濯物は部屋に入れてカーテンを閉めろとまで言われました。検定員に不快な思いをさせたくないとの配慮からだというのだけど、いくらなんでもやりすぎですよねぇ。検定員だって会社の身内の人間なのに・・・。そうやって緊張感を高めさせてくれるんですね。

 私の出番は午後。その時はまだ精神科にかかっていなくて、2年くらい前から頭痛がして神経内科で筋緊張型頭痛と診断され、毎食後にデパスを服用していました。そのデパスを昼食後に服用して、体の痛み止めに「ロキソニン」まで服用して・・・。

 いよいよ出番。何の実技が出題されるか分からないので余計に緊張します。出題されたのは私が苦手なものばかり。一度は失敗してやり直した実技もありました。実技と言うより演技と言ったほうがいいのかな。こんなんで合格はできないだろうなぁ。

 夜はお疲れさん会ということで研修所の食堂で飲み会。私の担当の先生が「まだ正式には言えないけど多分合格ですよ」と言ってくれました。本当かなぁ。でも全く嬉しくも何ともありませんでした。もう心が疲れ果てていたのです。その実技試験ばかりが研修ではなくて、学科の試験やその他いろいろな作法の訓練など盛りだくさんです。食欲もイマイチでした。

 結局は一発合格だったんだけど、その代償かどうか心が完全にやられてしまいました。もう限界です。ヤマは登り切ったけど、降りてくる気力なんてとてもない。本当に辛かったです。

 そんなことで土日を挟み、月曜日の5月28日に研修所の近くの精神科を探してもらい、「うつ病」の仲間入りをしてしまったんですね。

 でもその実技試験が合格できたこと、別に嬉しくも何ともないけど、頑張ってきたことは自分で自分を認めてやりたいと思っています。いつかは自分の自信になって帰ってくると信じて復職に備えたいと思います。

 そうそう、5月25日は私の誕生日。研修中は誕生日を迎えると研修生100人以上を前にして朝礼時に一言挨拶をしなければならないんですね。人前で喋るなんて苦手中の苦手なので、その不安も大きかったですね。でも正直、100人以上から「おめでとう」と声を合わせて言っていただいて拍手もされ照れくさかったですね。もう何を喋ったのか忘れちゃったよ。頭が真っ白、髪の毛も真っ白だったなぁ。

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旧東海道徒歩紀行(33)

◎第20回 1997年12月20日(水) (弥富(七里の渡し))~桑名~四日市

 前回海上(?)の弥富で終点としたので、今回はそこからのスタートになります。出発は弥富駅前を9:51にスタートとなりました。この日も良い天気です。まず木曽川に架かる「尾張大橋」を渡ります。続いて長良川と揖斐川に架かる「伊勢大橋」を渡ります。伊勢大橋から下流に巨大な「長良川河口堰」が良く見えます。どのくらい巨大な費用が掛かったのでしょうね。

 伊勢大橋を渡りきると1048でした。それから揖斐川沿いに下流の方に進み、桑名側の「七里の渡し跡」に到着しました。ここでようやく舟で(?)熱田から桑名に渡ったことになります。ひたすら長かったけれど自分の足でこの七里を繋いだ価値は大きいと思います。

 旧東海道に復活したこの旅は42番目の宿場町、桑名宿へと入って行きます。桑名も城下町、歩き始めてすぐのところに桑名城城壁の案内板がありました。やはり桑名も他の城下町と同様、街道が何回か曲がっています。桑名と言うと焼き蛤が有名ですね。でも私たちはそのような名物は食べませんでした。というか焼き蛤が食べることのできるお店が分からなかったですね。ある本によれば焼き蛤より江戸時代当時は佃煮の方が有名だったようです。

 桑名宿を過ぎると淡々と旧道を歩いて行きます。住宅や商店の立ち並ぶ道をひたすら淡々に。町屋川に架かる橋の手前に常夜灯がありました。橋を渡り暫く歩くと近鉄線の伊勢朝日駅の横を渡ります。それからも住宅街の旧街道を歩き続け、そろそろ昼食をということで三岐鉄道のガードをくぐる前に「悟空」という中華料理店を見つけ、そこで昼食に。ランチを食べて590円でした。ここに滞在していた時刻は12:5513:20。その店を出るとおばさんたちに「東海道を歩いているんだね」と声を掛けられます。このように声を掛けられることは今まであまりありませんでしたね。富田の街を通り抜け、のどかな旧道になります。そして久しぶりに国道と合流します。でも合流したのは海蔵川を渡るまででそれほど長くはありませんでした。

 橋を渡ると再び住宅が密集した旧道に。そして立派な三滝橋をわたるといよいよ43番目の宿場町、四日市宿に入って行きます。橋を渡ってすぐのところに「日永の永餅」で有名な笹井屋という和菓子店があります。ここで14:30でした。そもそもはこの店は伊勢街道との分岐点の日永の追分にあったお店だそうだけど、鉄道開通後にここに移転したとのことでした。こういうものは食べてみたかったですね。

 賑やかな近鉄四日市駅前を通り過ぎ、賑やかなアーケードの中を歩きました。アーケードが旧東海道だったのはここが初めてだと思います。それからは住宅街でもある近鉄内部線沿いの道を歩きます。私は近くに鉄道があるとかなり前のことでも印象に残っているんですね。

 そのまま近鉄内部線沿いの旧道を歩くと日永の追分があります。ここの部分だけ国道1号線と合流します。そのまま真っ直ぐ国道を行けば伊勢街道、右の道を行けば東海道と言った交通の要衝だったんですね。今でも交通量が激しいところです。その分岐地点には「右京大坂道」の碑が建っています。

 その追分を通り過ぎ、近鉄追分駅でこの日の終点にしました。15:32の到着です。近鉄線の距離にして弥富~追分間が25.1km、所要時間は5時間41分でした。(第21回へ続く)

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2008年5月23日 (金)

ダウン症児のいる生活

[ダウン症] ブログ村キーワード

 我が家にはダウン症児の二男がいます。今6歳で特別支援学校の1年生になりました。とてもかわいくいたずら坊主です。先日床屋さんに行って髪の毛を坊主頭にしたから余計にお味噌の宣伝に出てくる子どもみたいになっちゃって。

 時々考えることがあります。この二男が我が家に生まれてこなかったらどんな家族になっていたんだろうか・・・・とね。

 確かに0歳から2歳まで心臓手術や急性骨髄性白血病の治療で二男は大変な苦労をしてきました。この先どうなっちゃうんだろうと心配もしました。でもその時は私たち家族は苦労なんて思いませんでした。当たり前のことを無我夢中でやっていただけなんだとね。

 そんな事があって、療育施設に通うようになり、今小学校1年生。そんな大病をしたなんて思えないくらい元気にもなりました。

 当たり前に、普通に二男を育ててきました。母も二男のいたずらが激しいので日々遊んでくれたり、目を掛けてくれたりしてくれます。小学校3年生の長男は長男で、本心は兄弟一緒に外に出て遊びたいところだと思うけど、長男なりに二男に接してくれています。とても優しく育ってくれていると思います。しっかり自分の役割は理解してくれていると思います。

 果たしてダウン症の二男がいなかったらと考えると恐ろしい感じがするんです。家族がバラバラで普段の生活も無味乾燥的なものになっているでしょうね。母も二男がいるおかげで気を張っていてくれていると思うけど、ただでさえ体の調子が悪いからもっと病気が悪くなっていたかもしれません。認知症になっていたかもしれません。二男がいるおかげで母も張り合いがあるんじゃないでしょうか。長男も二男がいなければもっと我が儘でどうしようもない子どもになっていたかもしれません。私たち夫婦もあまり会話がないものになっていたかもしれません。何かそんな気がしてくるんです。

 本当に二男が生まれてきてくれたことに感謝したいと思います。ダウン症で生まれてきたことに・・・・・・。

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富士山静岡空港

 来年の3月に「富士山静岡空港」ができるらしいです。私は賛成でも反対でもありませんけどね。もう作りはじめてしまったことだから今更どうのこうの言っても始まらないことですけど。

 でも静岡って東京と名古屋の中間でしょ。一体どこへ飛行機を飛ばすんだろうね。札幌?那覇?福岡?それとも・・・・。静岡から飛行機に乗る需要ってどのくらいあるんでしょうね。その辺が知りたいところですね。

 静岡市から一番近い空港は今のところ羽田空港ですね。羽田ならいろんな便を選択できるし今では新幹線も品川駅に停車するようになり京浜急行に乗り換えられるからそれほど時間も掛かりませんねえ。飛行機に乗るくらいのお金があれば新幹線だって乗れるよね。ところが富士山静岡空港は静岡市から1時間近く自動車で掛かるのではないでしょうか?お茶で有名な牧の原台地に建設しているからね。同じく静岡県西部の浜松市だって新しくできたセントレアがそれほど時間も掛からずに行くことができるはずです。こちらも羽田同様大空港です。同じ都市に1日何便も就航しています。

 「富士山静岡空港」ができたところで利用が本当に見込めるのでしょうか。まさか空気を乗客にするわけでもなかろうに。旅行が好きな私でさえあまり必要性を感じません。

 やっぱり「ハコモノ」の誘惑には勝てないんでしょうね。国から予算を確保して、それにより建設業界や関連会社が儲かる。その建設中は雇用も確保できる。地元にお金も落ちる。そういう図式なんでしょうね。後のこと(開港後)のことは知らないよ~って感じなのかな。後のことは「アクセス道路」でも整備して作ることなんでしょうか。

 失われた自然は二度と元には戻りません。これが一番残念なことです。建設を始めちゃったら勝ちなんだからね。

 何となくこういう中途半端な場所に巨大プロジェクトを持ってくるっていうのは感心しないんだよな。せめて赤字にならないようにお祈りでもしましょうかねぇ。

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2008年5月22日 (木)

心療内科診察日(5/22)

[心療内科] ブログ村キーワード

 今日は1週間に1度の心療内科診察日です。今日は「満員御礼」の貼り紙がありました。決して「満員御礼」っていう文字が書いてあるわけではないけどね。私はそのように解釈しているだけです。

 と言いながらそれほど待合室に待っている人がいるわけではなく・・・・。それでも40分くらいは待ったかな?前の人が長かったので。私の後から待合室に来た女性にびっくり。頭の先から足の下までものすご~く派手派手の若い女性。こんな格好でどこに行くんだろう。普段着にしては派手派手過ぎるし、気になりますねえ。でもじろじろ見るわけにもいかず、そのうちに私の診察の順番になりました。

 先生は「さあどうですか?」と聞いてきました。「先週来た時と変わらず元気に過ごしています。朝起きたとき1時間ぐらいボーとする時はありますけど、調子は悪くないです。」と答えました。「それは結構なことです。生活のリズムがずれたとかそういう事はありませんね?」と聞かれ、「そのようなことはないです。普通に過ごしています。散歩もしているし。」先生は更に「普段できないことをしたほうがいいと私は言いましたけど何かしていることはありますか?」と聞いてきました。「長男にに宿題やれ!と言ったり、二男の朝の着替えを手伝ったり、日本平でJリーグがある時は行ったりしていますよ。」と答えると先生は「それはいいですねえ。息子さんもある意味では贅沢ですよ。仕事に行っていたらなかなか構ってやれないからねえ。サッカー観戦もいいですね。」と仰ってくれました。「今のうちにやりたいことをやっておいたほうがいいですよ」とも。これでは末期症状みたいだなあと思ったりして(笑)。

 ここから先生が普段言わないことを言ってきました。「まりぱるさんの仰りたいことはありますか?」とね。いつもこのような聞かれ方をしたことはありません。それで私は「職場からは6月第1週ぐらいまでに復職するのか休職を延長するのか第一報をくれと言われています。」と。先生は「それは2週間後の診察の時でいいですか?来週の木曜日は学会があるので休診しますから。」そして私は更に「その診察時に7月から復職可能の診断書を書いて欲しいんです」先生は「今の調子で2週間後変わらなかったら復職可の診断書を書きます。だいぶ時間が掛かっちゃって申し訳なかったけど。」

 やった~。いよいよ復職だ!あんなに嫌な雰囲気の職場でもやっぱり一家の主、仕事をしているのが当たり前だからね。月給も下がっているし。やってみなきゃ分からないよね。先生は「まだまだお若いんだからすぐに取り返せます。大丈夫です。」確かにその通りだと思います。

 先生に「あの~、今回の薬は増えも減りもしないんでしょうか?」と聞きました。何も薬の話が出てこなかったので。「薬はそのままで行きましょう。いずれはゼロになるときが来ますから。」と言うことでした。

 またまた先生に聞きます。「あの~、先週採血をするということだったんですが。」先生は「すぐ忘れちゃうんですね。それでは採血をして帰ってください。」とのことでした。この結果次第でまたコレステロールや尿酸値を下げる薬が復活しちゃうといやだなあ。むしろそちらの方が心配です。

 というわけで本日の診察は終わりです。何となく復職への第一歩を踏み出した感じがします。自分から復職可の診断書を書いて欲しいと言えたことが大きいですね。嬉しいですね。正直。決して休み続けるのも楽ではないからね。あと1ヶ月ちょっと、好きなことをさせていただきますよ。無理しない程度にね。

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Bannar_041

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2008年5月21日 (水)

矛盾だらけの「障害福祉サービス」

[福祉] ブログ村キーワード

 障害者がいる家庭って一度は耳にしたことがあると思います。「障害者自立支援法」っていう法律があることをね。まあ自分も「うつ病」になってその法律によって「自立支援医療」を受けることができているからその仲間入りをしちゃったけどね。医療費の負担額が1割になることですよね(限度額まで)。でも今回の記事は私のことではなく、ダウン症児の二男が受けることができる「障害者自立支援法」によるところの「障害福祉サービス」なんです。今日その上限負担額の見直しにかかる手続きに区役所に行ってきました。でも我が家は該当しないけど・・・・。

 このことはまだ小さい障がいを持ったお子様にはピーンと来ないかもしれません。はっきり言って使いようのないサービスだからです。この分野って素人には良く分からない言葉がポンポン出てきます。「移動介護」「居宅介護」「短期入所」などなど。どんなサービスが受けられるんだろう。まだまだサービスの種類はあるけれど、二男が受けられるサービスはこの3つ。市の担当課との面接で一応この3つは受けられることになったのだけど、この3つのサービスの内容のことをしっかり説明できる親御さんは少ないのではないかと思います。私もそうだから・・・。

 これらの利用者負担の上限額は我が家で1ヶ月当たり37,200円。これは所得によって軽減される場合があるんですね。低所得の場合、この限度額が1ヶ月当たり4,600円に7月1日よりなると言うのです。これまでは年収が600万円~890万円が37,200円、年収600万円までが9,300円だったので低所得の場合だいぶ軽減されるのですよね。我が家は私の年収から言えば600万円なんかとてもないので今回の改正で4,600円の負担で良さそうなものだけど・・・・。この低所得者に該当するのは何と預貯金額の合計が1000万円までとの但し書きがあるんです。それではその預金額を役所でどのように確認するんでしょうか。その申請者とその配偶者(二男の両親ですね)の預金通帳で確認するのです。裏技を使えば少ない預金通帳だけを提示すれば1000万以上預金があっても低所得者になってしまうのです。役所でもそれを信じるしかありませんね。それ以上突っ込めないとのことでした。定期預金とか土地財産とかあっても申告するだけなのでいくらでも誤魔化せます。私は立場上インチキはできないから通帳や定期預金などいろいろかき集めると1000万円を超えちゃうんですよね。残念ながら。クソ真面目だからウソつけないんですよね。本当に矛盾しているその1と言ったところでしょうか。所得だけの審査にすべきだと思います。

 移動介護って言うとどんなことに使えると思いますか?例えば通学バスの停留所への送り迎えをこのサービスを使ってヘルパーさんにやってもらえば利用価値がありますよね。例えば私が勤務中で妻が病気や妊娠中などで送り迎えができない時など二男を送り迎えしてもらえば大変助かります。それも1割負担でね。でもこのサービスではNG。通勤、通学にはこのサービスは使えないとのことでした。使うとすれば自費しかあり得ないと。そういう制度らしいです。でもその辺りは要望も多いそうです。だから我々が声を大にして言わないとね。では何のための移動介護か?これは例えば習い事などの送り迎えや公園に連れて行って遊んでもらうとか、映画館に連れて行ってもらうとか、そんな程度なんです。でもあくまでも「移動」だけであって身体介護はできないんですね。全く使えな~い、矛盾その2ですね。

 「短期入所」は家族で何か不幸があったりしたときに一時的に施設に入所できるもの、「居宅介護」は自宅でヘルパーさんに障がい児を見てもらうことでこちらはオムツ替えなどもできます。が、どちらのサービスにしてもあまり使う見込みはありませんねえ。ただでさえそのような障がい児を受け入れてくれるデイサービスみたいなところは少ないし、あったとしてもしっかり契約を結ばないといけないんです。急に使いたくなってもこれでは使えないですよね。

 この制度が始まるまでは「支援費」と言っていました。その時二男は移動介護を受けていたけど、1週間に1日、公園などにヘルパーさんがベビーカーで連れて行ってくれて、1時間程度で戻ってくる、そんな感じでした。まだ歩き始める前だったかなぁ。1割負担だから払う金額も少なかったけど、何となくその時間が来るまで落ち着かない、そんな感じでした。1時間なんてすぐ経ってしまうし、何か用事をしたくても1時間では何かしようと思ってもできませんね。

 でも障がいを持っていると「障害福祉サービス」を受けられます。しっかり役所で手続きをして「障害福祉サービス受給者証」を障がいを持っているお子様の親御さんには発行してもらいたいです。使う使わないはともかくとして・・・・。その上で声を大きくして制度的な矛盾などを役所の担当者などに伝えていき、より使いやすい障害福祉サービスになるようになればいいなと私は考えます。

 長文になりました。私自体も勉強不足なんですが、法律に基づくサービス、みんなで勉強して受けられる行政サービスは受けてより良い障がい児(者)と共存できる社会を作って行こうではありませんか。

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