こんな切符そんな路線

2008年6月 6日 (金)

こんな切符そんな路線(大井川鉄道)

 大井川鉄道と言えば連想されるもの・・・・そうですね、今でも蒸気機関車を走らせている私鉄ですね。静岡県のJR金谷駅(島田市)から千頭駅(川根本町)を結び、千頭駅からはトロッコ列車を走らせて井川湖のほとり、井川駅(静岡市)までの路線です。

 今回の話は、まだ高校生のころかな、1981年2月28日に大井川鉄道にわざわざ電車に乗りに行った時の話です。

 当時は国鉄だった東海道本線金谷駅(当時は榛原郡金谷町)で大井川鉄道に乗り換えたんですね。どこかテキトーな駅で下車しようと思いました。下車したところで隣りの駅ぐらいまでは歩けそうだし、何とかなるだろうと思って・・・・。時刻表も何も調べていきませんでした。

 そこで降りた駅が「神尾駅」。この駅は当然ながら無人駅で、大井川がすぐ近くを流れ、反対側は山が迫っています。本当に何も周りにはなさそうな駅ですね。

 それが本当に「何もない」駅だったんですね。むしろ何でこんな場所に駅があるのかと言ったところです。これでは仕方がないと思い、再び金谷方面行きの時刻を見たらそれが2時間以上待たねばなりませんでした。さあどうしよう。周りには道も何もありません。この駅は急行電車は停車しないから余計に停まる列車の本数が少ないのです。

 さあ困った。江戸時代の旅人みたいにズボンの裾をまくって大井川の反対岸まで渡ろうかとも考えました。でももしものことがあると困るし、向こう岸まで渡ったところでその後の交通手段は不明です。やっぱり越すに越されぬ「大井川」なんですね。

 仕方がないから2時間以上駅のホームでボーとしていました。急行電車は通過していくし、とても寂しかったですね。人影も何もなかったので。

061  ようやく停車する電車が来て感動して乗り込んだのを覚えています。

 こんなことがあってからもSLに乗車したり何回か大井川鉄道を利用しているけど、恐らくその時が初めて大井川鉄道に乗ったのだと思います。

 ちなみに現在は「大井川鐡道」と「鉄」の字が変わっていますので念のため。

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2008年5月30日 (金)

こんな切符そんな路線(国鉄二俣線)

 国鉄二俣線というと一体どこを走っていたんでしょうか。もう忘れちゃった人も多いんじゃないかと思います。

 1987年3月14日限りで国鉄から経営を離れて新たに3月15日から第三セクターの天竜浜名湖鉄道として再出発した路線ですね。東海道本線の掛川駅から浜名湖の北側を通って湖西市の新所原駅を結んでいます。東海道本線の迂回ルートみたいな路線ですね。江戸時代に東海道の迂回ルートだった姫街道(本坂越道)と似たような感じでした。

 この二俣線は、同じ静岡県内の先に廃止された清水港線より経常収支が悪かったんですね。だけど、沿線自治体の存続運動などがあり、何とか第三セクターで開業できたのは我々鉄道ファンにとっては喜ばしいことでした。

 そんな二俣線を国鉄時代に「連続切符」を使って乗車しに行ったことがあります。切符の種類として片道切符と往復切符は良く知られているところですが「連続切符」はあまりご存知の人はいないかも知れません。まあ読んで字のごとく連続している切符のことだけど、2つ以上の経路が途中で重なってしまう場合、重なった駅から先を2枚の切符にして販売されるものです。今でもそのような切符は発行してくれると思います。でもあまり馴染みはないですね。

059  今回紹介するのは2つの切符が1枚になっていて、ミシン目で切り離すことができる珍しいものです(画像をクリックして大きくしてみてくださいね)。1980年に二俣線に乗りに行った時のものです。画像を見ていただくと分かるように、一見すると静岡~掛川の往復切符に見えるかもしれません。しかし右側の切符は経由地が「東海、掛川、二俣」となっています。静岡駅から掛川駅で二俣線に入り新所原駅から東海道本線で浜松駅を通って掛川駅に来るというもの。掛川駅で経路がぶつかってしまうのでその掛川から静岡までの切符は左側のように発行されています。同じ国鉄だったからこのような切符を作れたのだけど、今は会社がJRと天竜浜名湖鉄道に変わってしまってこのような切符を作ることはできませんね。

 今もそうだけど、こんなローカル線は乗っていて飽きませんね。のんびりゆっくりと進むから本来の汽車旅が味わえます。浜名湖の北側を通るから、その辺りも景色がいいしね。今はレールバスになってしまったけど、列車には変わりはありません。また暇があったら天竜浜名湖鉄道に足を運んでみたらいかがでしょうか。

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2008年5月20日 (火)

こんな切符そんな路線(遠州鉄道)

 遠州鉄道と言うと現在の浜松市内を走っている私鉄ですね。地元では「赤電」と言う愛称で呼ばれています。

 路線は浜松駅前にある新浜松駅と遠州浜名湖鉄道の西鹿島駅を結んでいます。今は何ともないごく普通の電車ですね。

060  でも私が初めて遠州鉄道に乗ったときは、その路線が面白かったですね。現在の新浜松駅は高架の駅なんですが、以前はちょっと離れたところに新浜松駅があって、そのまま東方向へ進むと馬込駅。そこから進行方向を変えて遠鉄浜松駅に止まり、八幡、助信と停車していくんですね。たった一駅だけ走って前後が逆になる電車なんて不思議で仕方なかったですね。新浜松駅から遠鉄浜松駅間は分かりやすく言うと三角形の2辺を辿るような感じだったんです。

 それが1985年12月1日に新浜松~助信間が高架になり、三角形の1辺を行くような線形になり、馬込駅は廃止、遠鉄浜松駅は遠州病院前と名前が変わり、新浜松駅と遠州病院前駅の間には第一通り駅が新設されたのでした。

 遠州鉄道は単線なので、高架になる前までは馬込駅でスイッチバックしているような感じになり、馬込駅で上下線の電車の待ち合わせをしていましたね。その風景がのどかだったことを覚えています。

 今は浜松市も政令指定都市。そのなかで市民の重要な通勤の足となっています。終点の西鹿島駅は天竜区。ここで天竜浜名湖鉄道と乗り換えができるけど、天竜浜名湖鉄道もそのころは国鉄二俣線だったから鉄道を取り巻く情勢も大きく変化したんですね。

 写真は高架になる前に無人駅から乗車したときの切符です。今は廃止になった馬込駅が書かれていますよ。

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2008年5月12日 (月)

こんな切符そんな路線(清水港線)

 ふと思いついたタイトルで新シリーズを・・・・どこまで続くか分かりませんが、思いついたときに少しずつ書いていきたいと思います。まずトップバッターは「清水港線」を書いてみますね。

 この「清水港線」は既に廃線になっています。最近Jリーグ観戦に行くとJR清水駅からシャトルバスに乗っているんだけど、バスはその廃線跡に展示してある清水港線の車両や清水市内線(チンチン電車)の横を通っていきます。いつも懐かしいなあと思いながら通り過ぎていきます。

 この清水港線は、国鉄時代に廃止された路線です。かなりの赤字路線だったということで1984年3月31日(確かその日だったと思う)で役目を終えたんですね。でもこの路線、鉄道ファンには凄く魅力的な路線だったんです。何がって言うと朝清水駅を8:10に出発します。それに乗り遅れてしまうと・・・・・次の日の朝8:10まで待たなければなりません。要するに1日1往復しか運行していないんですね。1日1往復は当時でも全国でこの清水港線だけだったんですね。2往復はどこかにあったと思うんだけど。

 途中駅は清水港(貨物専用)、清水埠頭、巴川口、折戸の4駅で終点は三保駅まで、8.3kmの短い路線です。私は三保駅16:14発の列車に乗りに行く(わざわざ)ことが多かったですね。朝の清水駅発はそれでも折戸駅近くにある高校に通う生徒さんが多く使っていたようです。車両も2両ぐらいだったかなあ。何しろ客車は貨物列車の「オマケ」に付けられていたようなものだからね。これを鉄道ファンの間では「混合列車」と言っていました。だから全体からすれば両数は多くなるんですね。貨物コンテナなどが客車の前に付けられていたから。

055  三保駅だけは立派な(?)駅で入場券も乗車券も購入できました。この三保駅からの光景が好きだったなあ。天気が良い時は富士山がバッチリ見えてね。でもここから乗る客は僅かです。それもそうでしょう、清水市民(今の静岡市清水区)でさえここに「乗客を乗せて」走っている列車なんて知らないだろうし。次の折戸駅は無人駅。ホームが一本あるだけです。でもここが皮肉にも一番利用客が多かったですね。巴川口駅は有人駅だけど一番利用客は少なかったと思います。切符の販売もありません。巴川口の駅を過ぎるとこれまた有名だった巴川の橋を渡ります。この巴川の橋、可動橋と言って列車が通過する時だけ中央部分が下がってきて通過できるシステム。船が行き来するためですね。ここに行って列車が通るのを待って橋が下がってくるのを見に行ったことがあったなあ。次は清水埠頭駅。これもホーム1本の簡単な駅で無人なのだけど、私が乗ったときはその駅の横の踏み切りに客車が停まって、「あれっ」と思ったことが度々。貨車のオマケに客車が付けられているので踏み切りで客車の部分が停車してしまうんですね。だから下車する乗客は踏切内に降りなければなりません。もっともこの駅で下車する人もいないも同然だからそれでもいいのでしょうね。実際の清水埠頭駅は旅客ホームとは別に貨物の引込み線にあったそうで、それだったらホーム上に客車が着いてもいいと思うんだけどね。

058  そして最後、終点清水駅到着。8.3kmを24分でのんびり走っていましたね。清水駅の清水港線のホームは東海道本線のホームを端まで行って踏み切りを渡ったところにありました。目立たないところにひっそりとね。この位置が何となく好きでした。誰にも気づかれずにね。

 この清水港線が廃止になったことにより、沿線の工場や倉庫の引込み線も一気に廃止になったんですね。その引込み線が清水港線に所属していたから。当時の国鉄も「お役所仕事」で、線名が付けられていたために廃止になっちゃったんですね。画一的にね。東海道本線の一部だったらもう少し寿命が延びたでしょうに。いかんせん1日1往復じゃあねえ。乗客だって乗りませんよ。今では三保にJリーグ清水エスパルスの練習場もあるのにね。

 そうそう、この清水港線に詳しい人がいたっけなあ。良くコメントを頂くTTTTC-208さんは詳しいだろうからまた付け加えることがあったらお願いしますね。

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