プロ野球

2008年2月 2日 (土)

プロ野球キャンプイン

 プロ野球も日本シリーズが終わり、私の気持ち的には「冬眠状態」になっていました。12月、1月は私の一番寂しい時期でもあります。

 でも2月1日からプロ野球のキャンプが始まりました。2008年のシーズンに向けて動き出したなという感じです。

 我が千葉ロッテマリーンズは石垣島でキャンプです。かなり南の果てで・・・だけど温暖な地で内容の濃い調整をしていって欲しいですね。そして3月の開幕戦では札幌に乗り込み、昨年のパ・リーグ覇者の日本ハムを叩き、開幕ダッシュで首位独走、交流戦ではセ・リーグ覇者の巨人と日本一の中日を叩いてパ・リーグ優勝、そしてクライマックスシリーズも制し日本シリーズで4連勝で優勝。毎年この時期はそう思っているのですがどうなることやら。

 話は変わってプロ野球のキャンプと言えば私が子供だったころ、地元の球場に某球団が来ていました。その某球団を父親が好きだったのでよく連れて行ってもらった覚えがあります。中学のころは自宅から自転車で15分くらいのところに球場があるので、友達と一緒に色紙とサインペンを持って行ったものです。ちょうど練習が終わって選手がバスに乗り込むときを狙って「サインお願いしま~す」と頼むと寄せ書きみたいに書いてくれるんですよね。田代選手とか山下選手とかマーチン選手とか・・・・あっ、これじゃあ球団名分かってしまいますねえ。懐かしいなあ。

 今では殆どの球団が四国や九州南部、沖縄方面でキャンプを張ります。我が地方だって暖かいですよ。雪は降らないし、最高気温も10度ぐらいにはなるし、設備はそこそこ整っているしね。

 とにかく今年もプロ野球を楽しみたいと思います。何回観戦に行けるかな?

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2007年11月23日 (金)

父親と最後の野球観戦

 私は千葉ロッテマリーンズの大ファン。でもその影響はプロ野球が大好きだった父親からです。父親はどこのファンだったかというと、「横浜大洋ホエールズ」。私が小学校低学年のころ、「おまえ、どこを応援するんだ」と言われ、食べ物、飲み物でおなじみの「ロッテかヤクルト」にしようかと考えました。でもヤクルトじゃあセ・リーグで大洋と同じリーグ。ただでさえ大洋が負けるとご機嫌斜めで近寄りがたい雰囲気だったので、パ・リーグのロッテを応援することにしました。それが7歳か8歳のころ。ロッテもカネやんが監督しててまあまあ強かったころです。

 それからというもの、近くの県営球場でプロ野球の試合があるときは(年に数回しかなかったけど)良く連れて行ってもらいました。大洋がそのころはそこで春季キャンプを張ってて準フランチャイズにしていたから大洋の試合が多かったんです。

 それからずーと時代は後になり、父親も病気等でだいぶ弱くなった1984年9月2日、父親を誘って横浜スタジアムへ行こうという話しになりました。対戦カードは「横浜大洋vs中日」。先発投手は大洋が遠藤、中日が小松です。両投手とも全盛期の時です。ライトスタンドで見ていても2人とも球にキレがあり凄く速かったです。でも上川がホームランを打って中日が3対1(だったと思う)で勝利。父はがっくり・・・でした。その試合はデーゲーム。

005  さて私がいて夜そのまま帰ることはないですよね。なんと同じ日に川崎球場のナイトゲーム、「ロッテvs阪急」の試合が予定されていました。父親をそそのかし、川崎球場へ見に行くことにしました。ロッテは首位阪急にこの試合に勝てばプレーオフの可能性が残る大事な試合です(当時は首位と5ゲーム差以内だとプレーオフが行われることになっていた。この制度では1度も実現しなかったけど)。前日は28,000人の観衆でナイター最高の動員を記録していて、この日も大勢の観客が見込めます。こちらは内野自由席。父親はその昔東京で修行していたことがあり、大洋が川崎球場を本拠地にしていた頃良く来ていたそうです。父親は懐かしがって、ライトスタンドが極端に狭かったこの球場で巨人の王が場外を良く打っていたことなんかを話していましたねえ。試合はブーマーのホームランなどで9対2(だったと思う)で阪急の勝利。観衆も22,000人でまずまず。

 父親の大洋も私のロッテも共倒れでしたが、父の楽しむ姿を見て良かったなあと思います。その父は1989年6月に他界しました。これが父と行った最後のプロ野球観戦それもダブルヘッダー観戦となったのでありました。

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2007年11月 1日 (木)

完全試合?中日が日本シリーズ制覇

 今年のプロ野球日本シリーズは中日vs日本ハムの2年連続同じカードになりました。

 初戦は日本ハムが勝ち、第2戦から第4戦は中日が勝って去年と全く逆の勝敗になっています。その逆のままいけば今日中日が勝つことになりますが。

 何と中日の山井投手は8回までパーフェクトピッチング。試合は1対0で中日が勝ったまま9回表を迎えます。

 先日、私は「パーフェクト・ゲーム」というブログを書きました。10年以上も日本のプロ野球で達成されていない大記録、まさか日本シリーズで達成されそうな感じになってくるなんて。何という偶然だろう・・・。

 でも9回表はピッチャー岩瀬。完投して完全試合ということになるようだけど、岩瀬も3人で抑えて投手2人で日本ハムの打者1人もランナーを許すことはありませんでした。

 完全試合は野手のエラーも許されない、チーム全体の勲章です。だから今回の2人のピッチャーでの「完全試合」も認めてやったらどうでしょうか。

 中日は普段どおりの野球を貫いたんでしょうね。1人の大記録よりチームの勝利。日本シリーズ制覇。おめでとうございます。

 日本ハムも大健闘しました。さすがはパ・リーグ優勝チームです。ロッテファンである私からもありがとう、そしてお疲れ様でした。

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2007年10月26日 (金)

明日から日本シリーズ

 明日からプロ野球の日本シリーズ、日本ハム対中日がいよいよ開幕します。

 日本一を決める日本シリーズってプロ野球ファンだったらみんな楽しみだよね。

 明日の先発は誰なんでしょうね。日本ハムはダルビッシュかな。中日は・・・・やっぱり川上かな?

 両チームとも守備が堅いチーム、1点を争う好ゲームが期待できますね。主砲の出来が鍵になりそうです。

 ところで最近の日本シリーズは第7戦までもつれ込むことが少ないですね。去年は第5戦、おととしは第4戦で終わってしまっています。今年は第6戦まで順番だといくのかな。

 こういう時って巨人ファンは日本シリーズを見るのでしょうか?セ・リーグの優勝はあくまでも巨人なんだけど・・・。なんで日本シリーズに出てないの~。不思議だな~。でもロッテが日本シリーズに出ていたら・・・、日本ハムファンには申し訳なかったな~なんて思ったでしょうね。中日があまりにもあっさり巨人に勝っちゃったから・・・、こんなことを外野で考えてしまう私でありました。

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パーフェクト・ゲーム

 プロ野球においての完全試合っていうのは最近では誰が達成しているでしょうか。

 一番最近では平成6年5月18日に巨人の槙原寛己投手が広島戦で達成しています。それ以来10年以上も完全試合を達成する投手が出てきていません。それほどすごい記録なんですね。9回をランナーを許さずエラーもしないで27人の打者を仕留める、至難の技です。1人でも四球や死球でランナーを出したら終わりです。もちろん野手のエラーもダメです。そのチーム全体の大記録なんですね。

 それでは槙原投手の前は誰がこの完全試合を達成していたのでしょうか・・・・。

 それはさかのぼること昭和53年8月31日、阪急ブレーブスの今井雄太郎投手が仙台宮城球場において何とわが「ロッテオリオンズ」を相手に達成しています。

 今井投手といえば、1年おきに大活躍する山田久志投手の影にかくれた(ちょっと失礼かな)大投手です。阪急のファンだった方には懐かしいのではと思います。

 その完全試合達成時に私は中学生でした。まだその当時のことが鮮明に思い出します。私は大のロッテファンなので。

 当時はラジオもテレビも殆ど巨人一辺倒の放送でした。巨人がらみのカード以外は他球場の途中経過を聞きながら応援していたものです。その日もロッテが負けていました。でも途中までは普通に途中経過を聞いていたんだけど・・・。

 アナウンサーが「仙台宮城球場の途中経過です。今井投手が〇回までパーフェクトピッチングです。」、7回、8回ぐらいになると、アナウンサーが「それでは仙台宮城球場の様子を聞いてみましょう」と言って、電話でその様子が伝えられます。「まだロッテはランナーが1人も出ていません。すばらしいピッチングです。」

 いよいよ9回裏の最終回、ついに巨人戦の放送から仙台宮城球場へ放送が切り替わってしまいました。「大記録が達成されようとしています・・・。」

 バッター土肥。ピッチャーゴロ。完全試合の達成です。

 私は・・・・すごく悔しい、もの凄く悔しい。なんでこんな試合で生放送を聞くことができるんだ・・・。最低だ・・・。なんて思いました。涙も出そうになりました。悔しくて。

 まだ中学生だったから、相手の投手を称える気持ちなんてなかったんでしょうね。

 それからというもの、ロッテが一番最近完全試合で敗れたチームだったわけで長い間悔しい思いをしていました。槙原投手が福岡ドームで達成してくれてやっとそのレッテルが剥がれ、ホッとしたものでした。

 今となれば今井投手はすばらしい投手です。昔の観客が少なかったパ・リーグが懐かしく思います・・・。

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2007年10月20日 (土)

セ・リーグは中日が日本シリーズへ

 プロ野球パ・リーグはリーグ優勝したファイターズがクライマックスシリーズでシーズン2位だったわが千葉ロッテを破って日本シリーズ出場を決めました。

 ロッテのシーズンは終わってしまったけれど、プロ野球のシーズンが終わったわけではありません。まだまだ楽しまなきゃね。

 さて、セ・リーグもクライマックスシリーズ第1ステージでシーズン2位の中日が3位の阪神を下し、シーズン優勝の巨人と第2ステージで対戦です。

 昨日までその第2ステージも第2戦までで中日が連勝、いよいよ巨人も後がなくなりました。

 その第3戦もウッズと谷繁がホームランを打つなどして最後は岩瀬が締めて中日の勝利。優勝した巨人じゃなくシーズン2位の中日が日本シリーズ出場を決めました・・・。

 クライマックスシリーズという制度ができたからというわけじゃないけど、優勝したチームが日本シリーズに出場できないの巨人の気持ちはどうなんだろうね。何かまた制度を変えろとか偉い人がブツブツ言うんじゃないかって気がするのは私だけでしょうかねえ。

 昨年までのパ・リーグのプレーオフ制度は、プレーオフ勝者がリーグ優勝だったのにね。

 今年のパ・リーグのクライマックスシリーズは熱戦だったけど、セ・リーグは中日の強さだけが目立ったような気がしますね。

 それはともかく、わがロッテに勝った日本ハムにも、シーズン優勝の巨人に勝った中日にも他の10球団のためにも好勝負をして、最後までプロ野球ファンを楽しませて欲しいですね。

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2007年9月 4日 (火)

川崎球場最後の開幕戦

 私は毎年ロッテのシーズン開幕戦を観戦するのを楽しみにしています。開幕戦が都合で行けなくなると同一カードの第2戦目とかに行ってました。今年もファイターズ戦をマリンスタジアムへ観戦に行ってます。ただし北海道とか福岡だとさすがに遠くて行けませんでしたが・・・。

 川崎球場時代のオリオンズの開幕戦も2回観戦に行ってます。昭和60年と昭和61年です。ここでは昭和61年の開幕戦(川崎球場で行われた最後の開幕戦)について書いてみます。

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 開幕戦が雨で流れ、日曜日の開幕となった昭和61年4月6日です。対戦チームは阪急ブレーブス。開幕投手はオリオンズが今は亡き水谷投手。ブレーブスがあの名投手山田久志投手です。試合のほうはブレーブス打線につかまり敗色濃厚。そのなかで天才打者落合が右中間スタンドへホームランを打ったのでした。結果は確か2対6で負けたと記憶しているけど。

 その落合選手がホームラン打ったときに、山田投手が帽子をとって頭を下げたんですね。その姿今でも鮮明に覚えています。後でテレビで見たら、自信を持って投げた球をホームランされたから頭を下げたとのことでした。落合選手も川崎球場の右中間、左中間の膨らみが殆どなく(ただでさえ両翼・中堅が他の球場より狭かった)ホームランを狙いやすかったと言っていたような気がします。両者ともやっぱり大物ですな~。

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2007年8月27日 (月)

西宮球場が満員になった日

 西宮球場と言えばプロ野球阪急ブレーブスの本拠地だったことはご存知かと思います。また野球場兼競輪場としても有名でした。

 かつては阪急全盛期のころ、ジャイアンツと日本シリーズをよくやっていましたね。またオールスターで江夏投手が9連続三振を奪ったことでも知られています。

 しかしながら、収容人員が多い(当時48,000人と言われていた)割には観客は少なく、一度でいいから満員のスタンドを見てみたいとは常々思っていました。

 1987年9月12日、私は大阪に一人旅で宿泊していました。当時は西武ライオンズの黄金時代で、他のチームの付け入る隙はありませんでした。ところがこの日を含む3連戦の結果次第ではプレーオフ(当時は1位・2位の差が5ゲーム以内ならばプレーオフという制度があった。しかしながらこの制度が適用されたことはなく廃止になってしまった。)の可能性があるということで、「最後の決戦」と称して大々的に宣伝されていました。翌13日も同カードは組まれており、また大阪球場では南海対ロッテのカードが組まれていて、本来なら大阪球場に行くところを迷いに迷って阪急電車に乗って西宮北口駅で下車したのでありました。

006  球場に到着すると「内野席は完売」と出ているではありませんか。仕方なく外野席券を買ってライトスタンドで観戦しました。すると球場は超満員。後楽園球場を真似したと言われるジャンボスタンドまでぎっしり。パ・リーグのファンとしては嬉しいものでした。

 試合のほうはルーキーの清原がバックスクリーンへホームランを打つなどしてライオンズが圧勝。ブレーブスの息の根を止めたのでした。

 翌日の新聞を見ると観衆は48,000人。西宮球場開設以来のことだという。当時は実数発表ではなかったため、実際はもっと少ないのかも知れないけれど、大入りには間違いなし。結局はその時大阪球場へ行くチャンスを逃してしまい、南海が身売りされ大阪球場にはついに一度も観戦に行くことができなかったのでありました。

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2007年8月19日 (日)

川崎といえば

 昨日はJリーグ清水は川崎フロンターレとの対戦でしたが、川崎といえばプロ野球ロッテが以前本拠地を構えていたところでした。そもそもは横浜ベイスターズの前身である大洋ホエールズの本拠地でしたが横浜に新球場ができてそちらへ移転(本当はロッテが行くはずだった・・・)してしまいました。そこで当時の川崎市民が「プロ野球の灯を消すな!」とプロ球団の誘致運動をしてくれてジプシー球団だったロッテの本拠地となったのでした。

Photo_2  初めて川崎球場で観戦したのが1983年5月5日の阪急ブレーブス戦。こどもの日とあって内野席はほぼ満員。外野席で友人と観戦になりました。9回の裏、2点差で負けていたロッテがあと1人塁に出れば4番落合(現在中日監督)に回り、ホームランが出ればサヨナラという場面です。なんと3番バッターがデッドボールで出塁。2アウト1・2塁でバッター落合。落合コールが鳴り響く中、打った打球は大きな弧を描いてレフトスタンドへ。サヨナラだ~。初めてロッテを応援しに川崎球場へ行ってこの劇的勝利。これから生での野球観戦が病みつきになり、閑古鳥の鳴く川崎球場へ何回も観戦に行ったものでした。

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